現在公開中の映画「ドンテンタウン~曇天街~」が静かな話題を集めている。監督はこれが初の長編作となる井上康平。これまで多くの現場で活動してきた気鋭の映像作家だ。
これから観る方もいるだろうから詳細なストーリーは伏せるが、「ドンテンタウン~曇天街~」の舞台は、横浜のとある団地。JR鶴見線や海辺の風景はもとより、ハコのような部屋に置かれるピアノも重要なモチーフとして登場する。この作品の劇中で流れる音楽、すなわち劇伴を担当しているのが、今年デビュー10周年を迎えた4人組、シャムキャッツのギタリストでありヴォーカリストの菅原慎一だ。
もともとシャムキャッツの音楽、わけても菅原の書いた曲にシンパシーを感じていたという井上が、自ら菅原にコンタクトをとって依頼。それまで一度も会ったことがなかったそうだが、意気投合して話し合いを重ねた。アニバーサリー・イヤーを迎えて多忙だったにもかかわらず、菅原は撮影現場にも何度か足を運び、映画の制作と同時進行で作曲していったのだという。
団地を舞台にしたこの作品の音楽を、井上監督が菅原にオファーしたのにはおそらく大きな理由がある。シャムキャッツのメンバー4人は子どもの頃、東京にほど近い千葉の団地で暮らしていた。彼らの歌の多くにその頃の風景が多く登場する。「ドンテンタウン~曇天街~」の舞台はまた別の団地だが、まさに曇り空のようなくすんだ色彩の集合住宅の景色は、シャムキャッツの歌の世界と似ているからだ。中でも、菅原はその生まれ育った街に今、再び暮らしている。「街としての歴史は浅いけど、ここがやっぱり落ち着く」と話すほど、団地のある光景は音楽家としての菅原の原点でありインスピレーションになっているのだろう。
サントラとしての「ドンテンタウン~曇天街~」の多くはインストゥルメンタルで、自身の歌によるヴォーカル曲は3曲。しっかりとした録音だが、いずれも過剰なアレンジに頼らない素描画のような曲だ。ギター、ベース、ドラムだけではなく、フルート、シンセサイザー、バスーン(ファゴット)、フリューゲルホルンなどを用いた演奏が、菅原がかつて体験してきた団地暮らしに潜む寂寞、緊張、安堵、温もりといった情緒を引き出している。