古来の伝統芸能をベースに、海外文化や流行を吸収しながら独自の進化を遂げてきた日本における大衆娯楽。現在は、個人がそれぞれにPCやスマホでゲームをしたりSNSで喜怒哀楽を共有したりする形へと発展し、若い世代はテレビや映画を観なくなったとも言われる。だが、大友良英と編曲を担当した江藤直子は歴史に学びながら、こうしたいくつものアングルから大衆娯楽本来の魅力を切り取り、サントラ3種類でグラデーションをつけながら表現した。
実際に、前編、後編、完結編と順番に聴いていくと、時代が進行するにつれ、1分にも満たないような小品曲でさえ次第に現代に近い感覚の曲調へと移り変わっているのに気づく。「前編」では劇中の舞台が明治・大正の浅草や九州、まだ東京というより江戸という言い方が似合っていた頃。どこか牧歌的なニュアンスの曲も多く、日本マラソン界の立役者で前半の主役である金栗四三が懸命に走る姿を捉える「『走る人』金栗四三のテーマ」や、その妻を描いた「スヤのテーマ」などがスポーツ黎明期のよどみない風合いを伝える。
一方、第2次世界大戦中の不穏な時代を描いた「後編」を経て「完結編」になると1964年の東京オリンピックに向けた疾走感、熱情が楽曲の中心。金メダルを取る女子バレーボール・チームの躍動を感じさせる「東洋の魔女」がサントラの象徴的な1曲となっていることにも気づくだろう。
立体的なストーリーや場面のスピーディーな展開、果ては俳優陣の役柄などの個性にもしっかりと“伴奏”したこれはサントラとしては秀逸すぎるくらいに秀逸だ。ドラマを観ていない人でも、このサントラ3種を聴けばその劇的な歴史の移り変わりを実感することができるだろう。言ってみれば音で学ぶ日本文化近代史。様々なアプローチを通じて洋の東西の大衆音楽を追求してきたような大友良英にとっても、この1年の作業は壮大なライフワークの一環だったに違いない。(文/岡村詩野)
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