本作のもう一つの見どころに幻想的で美しい映像がある。海中での撮影を担当したカメラマンのヤオ・ホンイーさんは、ホウ・シャオシェン監督の弟子だ。ちなみにユールンさんとチャン監督は、ともにエドワード・ヤン監督作品の主演俳優でもある。台湾ニューシネマの遺伝子は本作に受け継がれ、新しい光を放っている。
「ヤン監督はあまりにもこの世を早く去ってしまいました。でも、いい作品は時代を超えて残り、観客を引き付けることができる。そして、多くの人に影響を与え、新しい作品も誕生させることができる。いい作品はそういう力を持っています」
◎「あなたを、想う。」
名古屋シネマテーク、アップリンク吉祥寺ほか、12月から全国順次ロードショー
■もう1本おすすめDVD 「海よりもまだ深く」
「是枝裕和監督の『海街diary』に出演していますね」
アエラに掲載されていた俳優の夏帆さんの写真をクー・ユールンさんは吸い込まれるように見つめてそう呟いた。実は是枝監督の大ファンで日本映画もたくさん見ているという。是枝作品の中で特に好きな映画は「海よりもまだ深く」(2016年)。
「樹木希林さんをとても尊敬しています。この映画の中で希林さんは『私は海よりも深く人を好きになったことなんてこの年までない。ないから生きていけるのよ、毎日楽しく』というセリフがあるのですが、そこで涙が出ました」
小説家としては食べていけず探偵事務所で働く主人公が、台風の日にたまたま実家に集まった母、元妻、息子と一夜を過ごす。思っていたのとは違う未来、こんなはずじゃなかったという思い。なんてことのない日常を描きながらも登場人物の心の機微を丁寧に描写することで心揺さぶられるドラマが生まれていく。確かに是枝監督の作風は、ユールンさんが話す「人間の情感や感情をリアルに観客に届けようと探求する」という、いい映画監督像と合致する。
劇中に流れるテレサ・テンの「別れの予感」も胸に刺さる。
◎「海よりもまだ深く」
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
(編集部・三島恵美子)
※AERA 2019年12月2日号