なかにはYMOや、そのメンバーの細野晴臣や坂本龍一(アナログ・レコードのみ)、あるいは「風の谷のナウシカ」を筆頭に数々のスタジオジブリ作品の音楽で知られる久石譲といった広く知られた名前もある。いずれも環境音楽というテーマに沿った曲が選ばれ、日本のポピュラー音楽の歴史を支える重要な作品であることを伝えていると言っていい。

 ここでいう環境音楽は、作業効率や精神安定を促すような、いわゆるBGM(バックグラウンドミュージック)とは違い、音と環境の関係を主体的かつ創造的にとらえようとする音楽のこと。ジョン・ケージのような現代音楽の作品を起点とする説や、イギリスのブライアン・イーノが提唱したアンビエント音楽との接点を重要視する説など様々ある。フランスの作曲家エリック・サティが1920年に発表した曲「家具の音楽」のように、“生活の中に溶け込む音楽”という、ある種の思想性を伴う音楽という解釈がここでは近いかもしれない。

 興味深いのは、日本の音楽のコンピレーション盤となるこのアルバムをリリースしているのがアメリカのレーベル「Light In The Attic(ライト・イン・ジ・アティック)」だということ。プロデューサーであり、日本のアンビエント・ミュージック発見の第一人者であるスペンサー・ドランらとともに、制作に関わったアメリカ在住の日本人、北沢洋祐氏は言う。

「このアルバムのカヴァー(ジャケット)には槙文彦が設計した鹿児島の《岩崎美術館》の写真を使っています。同じ槇文彦がデザインした建築の一つに、東京にある《SPIRAL》ビルがありますが、『Kankyo Ongaku』に収録されている尾島由郎や越智義朗といったアーティストは、《SPIRAL》の音楽を制作しているんですね。ほかにも、そうした物理的な空間、建物のために音楽を作るようミュージシャンやサウンド・アーティストに依頼していた企業や公共団体が当時ありました。多くの楽曲が建築と固有の関係性を持っており、多くのアーティストが音楽を作るための物理的な空間として建築を意識していたんです」

 人々の暮らしの中にある建築物と音楽の関係性を問うた際に浮かび上がってくる作品、それが環境音楽という解釈だ。だからこそ、「Kankyo Ongaku」というアルバムは、電子楽器などを用いた心地よい昔のヒーリング音楽を集めただけではない、テーマと哲学を明確に持つ作品ととらえることができる。

 今回のグラミー賞の最優秀ヒストリカル・アルバム部門には、ほかにもピアニストのウラディミール・ホロヴィッツのカーネギーホールでの演奏アルバム、プロテスト・フォークのレジェンドであるピート・シーガーのスミソニアン・フォークウェイズ・コレクションといったそうそうたる音源集がノミネートされている。

 果たして受賞できるかどうかは神のみぞ知る、だ。だが、今から40年ほど前の日本の音楽がアメリカのレーベルで編纂され、環境音楽という分野が建築と密接な関係にあることを改めて知らしめたことは特筆に値するだろう。

 この「ライト・イン・ジ・アティック」レーベルからは、ほかにも多くの日本人アーティストの旧作がリイシュー(再発)されている。細野晴臣、金延幸子、小坂忠らの代表作、大貫妙子や吉田美奈子といった70年代~80年代のシティー・ポップを集めたオムニバス・アルバムも話題を集めた。

 このレーベル発ではないが、竹内まりやの代表曲「Plastic Love」がYouTubeを中心に世界規模で再評価・拡散されたことも記憶に新しい。かつて作られたニッポン産の音楽が、今なおヴィヴィッドな作品として世界で鳴らされている。

(文/岡村詩野)
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※アルバムのタイトル「Kankyo Ongaku」の小文字「o」は、ジャケットの写真にあるように、正式には上に横棒がつきます。

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