写真はイメージです(Getty Images)
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作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、性産業が生む性被害について。

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 ないのなら出版しちゃえ、フェミニズム。という思いで、2021年から出版社をはじめた。絶版になったフェミニズム古典や、性に関する本など……、読みたいのになかなか出版されない本ならば、つくっちゃおうという思いだった。

 それにしても、だ。丸2年続け、10冊以上を出版し実感するのは、出版はお金にならない、ということだ。儲けたかったわけではないが、継続できなければ意味がない。みんなどうしてるの?と、業界人に聞いても返ってくる答えはたいてい同じで、いわく、「早くやめたほうがいい」「本は売れない」「大手はマンガでしのいでいる」「ベストセラーを出すまで球数を出すしかない!」とのことである。ひぇー!である。「数打ちゃ当たる」とサラリと言えちゃう業界って、他にありますか? 地道に生理用品やバイブレーターを売ってきた経営者としては、恐ろしい世界に手を出してしまったと震える思いです。

 とはいえ、本を出すたびに感じる強い感動は、癖になるものかもしれない(だから、やめられなくなるのかもね)。昨年10月には、ポムナルさんという韓国人女性の自伝『道一つ越えたら崖っぷち』という本を出版した。

 ポムナルさんは、20年間にわたり性産業を生きぬいてきた。暴力を振るう父、無力な母、ヤングケアラーとして労働を強いる家庭から逃れた女性にとって、唯一、自分を受け入れ、生活を保障し、守ってくれるように見えたのが性産業だった。業者にだまされ、借金を背負わされ、客からは暴力を振るわれ、屈辱に耐える日々を強いられながらも、生きていくためにとどまるしかなかった。理不尽を訴えようにも、性産業の女の声を誰も聞こうとはしなかった。

 ポムナルさんの本は、韓国の性産業にいた女性による初めての自伝ということで話題となり、今年は英語での出版も予定されているという。そこで先日ポムナルさんを招聘し、国際女性デーを記念するトークイベントを、東京大学の福武ホールで行った。約120人の参加者を前に、自らの体験を時に涙を浮かべながら語ってくれた。ポムナルさんが強調して繰り返し語ったのは「安全な性産業など、あり得ない」というものだった。あまりにも重たい言葉だと、胸が潰されるような思いになる。ポムナルさんのその実感は、性産業が生活の糧であると同時に性暴力であったという#MeTooの声だからだ。ポムナルさんがたどりついたその実感が言葉にされただけでも、この本を日本でも出版してよかったのだと信じられた。

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欲望は過激に、サービスは過剰に「成長」