床上浸水した部屋。水跡を見ると、浸水はおそらく床上15センチ程度だった。部屋には泥が乾いたような臭いが広がっていた(撮影/編集部・川口穣)
床上浸水した部屋。水跡を見ると、浸水はおそらく床上15センチ程度だった。部屋には泥が乾いたような臭いが広がっていた(撮影/編集部・川口穣)
この記事の写真をすべて見る

 多くの地域に水害をもたらし、とりわけ宮城県に甚大な被害をおよぼした台風19号。宮城県の石巻で被災した記者が、自宅の様子をつづった。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。

*  *  *

 玄関のドアを開けると、床はこびりついた砂で真っ白になっていた。台風19号で、記者(31)の妻(36)が宮城県石巻市で暮らす家が被災した。妻は仕事の都合で東京と石巻を行き来しており、石巻に、運営する団体の事務所と住居を兼ねた一軒家を借りている。当日は東京にいて、スタッフも出勤していなかったため人的被害はなかった。

 異変に気付いたのは、台風が通過した翌日の13日朝。石巻の知人がSNSに投稿した写真を見ると、各所で冠水していた。石巻は冠水しやすい場所が多く、これまでも水がたまった写真は見ていたが、明らかに水かさが違う。自宅前の道路も水没していた。大家さんに確認してもらうと「床上浸水」だった。

 13日は交通機関が復旧せず、夫婦で石巻入りできたのは14日。前日のうちに団体のスタッフや近所の人が駆けつけてくれ、ぬれたものと無事だったものの分別、じゅうたんの搬出を済ませてくれていたので、想像ほどひどい状況には感じなかった。濁流が流れ込んだわけではなく、排水しきれずあふれた雨水が徐々に入ってきたものなので、厄介な泥は少ない。大型家電も無事だった。衣類は洗濯をすれば済むし、家具もこの程度ならば洗浄・消毒して乾かすと使える可能性が高い。全国で起きた甚大な被害を考えると、幸いにもほんの「軽傷」だ。

 それでも、水を吸った紙類は捨てるしかない。妻が石巻で暮らすようになってから8年半。その間に携わったプロジェクトの資料や掲載紙、ノート、団体の報告書やパンフレット、知人からもらった色紙や手紙。膨大な量の書類や書籍が水を含んだ塊になっていた。データで残していないものも多い。きれいに乾かそうとしてもスペースもないしキリがない。時折涙ぐみながら、ひとつひとつ手にとってはごみ袋に詰めていく妻の姿を見て、言いようのない無念さがこみ上げた。

著者プロフィールを見る
川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

川口穣の記事一覧はこちら
次のページ