的確な対応は、過去の教訓から学んだものだ。まずは「垂直避難」の徹底だ。
1999年8月、当時平屋しかなかった施設を豪雨が襲った。40メートルほど離れた、同じ社会福祉法人が運営する3階建てのケアハウスが、入所者の避難先となった。雨が降りしきる中、当時ケアハウスの施設長だった加藤久仁夫さん(79)も入所者をタンカに乗せて移した。
「重くて手がちぎれるかと思った。でも自分の手を離れたら、流れていってしまう。入所者に『大丈夫だから』と話しかけながら運んだが、大丈夫なんかじゃなかった」
いくら近くでも入所者を別の建物に移動させるのは難しい。この教訓を生かそうと、キングス・ガーデンは、外に出なくても建物内で上階に移動できるよう別棟を新築した。
寝たきりの高齢者が一般の避難所で過ごすことは、食事や排泄の面から難しい。移動することで骨折する恐れもある。福祉車両でピストン輸送するには時間がかかる。渡辺施設長は「避難所に行くのは最終手段」と考える。だからこそ垂直避難が大事だというのだ。
また独自の「水害避難マニュアル」も作った。玄関前の階段が、避難の判断の指標になることも記されている。「玄関前の階段が5段目まで浸水したら、パソコンなど重要なものを高所に上げる」「その後、水位の様子を見て避難する」などだ。
台風のように災害が事前に予想される場合には、職員の体制も増強した。今回も夜勤と宿直計5人に加え、早出の職員らも待機していた。市役所と連絡も密に取り合った。施設が避難のタイミングを知らせ、市役所は川の水位を知らせた。
渡辺施設長は、避難に成功した理由について、こう語る。
「お年寄りを第一にするといった最終的な目標を、日ごろの現場で身につけ、個々の職員が臨機応変に判断できた」
入所者の仲育子さん(72)の弟、正幸さん(68)は、受け入れ先の施設で育子さんに会った。
「避難したことはわかっているようだが、ケロッとしていた。あまり怖い思いをせずに済んだのではないか。この施設の職員はうまく避難させてくれるだろうと思っていた」