台風19号は、避難が困難な高齢者も襲った。だが、備えと臨機応変の判断で100人が無事だった施設がある。避難まで緊迫の4時間を振り返る。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。
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埼玉県川越市の特別養護老人ホーム「川越キングス・ガーデン」。玄関前の階段が浸水の水位計だった。川からあふれた水は、階段を1時間に1段ずつ上昇していった。8、9段目まで達したのは13日午前0時半すぎ。水位の上昇はそこでいったん止まった。台風が過ぎ去って、雨はやんでいた。階段は10段目まである。
「よかった。これで終わった」
職員が休憩に入ったのも束の間、30分もたたないうちに、再び水かさが増え始めた。
「これでは床上浸水してしまう。すぐに避難を」
急いで高齢者を起こして回った。渡辺圭司施設長(58)は、未明に入所者一人一人に2階建ての別棟への避難を説明した。
施設は越辺川(おっぺ)の決壊箇所から直線で約1.5キロの距離に位置する。当時、高齢者100人と職員24人がいた。高齢者の多くは平屋で寝ていた。8割は認知症の高齢者。寝たきり、車椅子の人もいる。
水は、「ジャーという感じのすごい勢い」(渡辺施設長)で、建物内に入ってきた。次第に電気、水道といったライフラインは使えなくなった。エレベーターも動かなくなった。職員は毛布をタンカ代わりにして寝たきりの人を運び、車椅子の人は4、5人がかりで持ち上げた。
避難の途中、緊迫の場にふさわしくない歌声が聞こえてきた。認知症の高齢者を落ち着いて避難させるため、職員が口ずさんだ決死の癒やし歌だった。
そうして、高齢者全員を別棟に避難させ、薬などを高所に移し終えたのは、朝4時ごろ。全員無事だった。疲れ切った渡辺施設長は、窓の外を見た。
「朝焼けがきれいだね」
職員とそう話した。
平屋は最終的に床上146センチまで浸水。入所者はその後、消防や警察のボートで救助され、市内外の施設や自宅に一時的に受け入れられている。