「もっと厳しい状況も想定していましたが、試合運営に致命的な損傷はなさそうでしたので、試合の準備に動き出しました」
朝4時すぎから、スタジアムに泊まり込んだり、近くのホテルで待機したりしていたスタッフが集結。フィールドを囲むように敷かれた人工芝にたまった水をスポンジで吸い取り、台風前に一時撤去したLED看板を設置。一方、フィールド内の芝には塩害を防ぐため、スプリンクラーで水をまいた。スタジアム周辺の水は予想より早く午前7時すぎに引き、駐車場部分も利用するための準備を開始した。
売店や入り口ゲートのテントも台風前に撤去していたが、元の通りに設置するには二十数時間かかってしまう。そのため、テントには幕を張らないことを決めた。観客や選手、スタッフの安全を最優先に、必要なこと、不要なことを整理したという。
■釜石の青空に決意新た
懸念だった公共交通も、JR横浜線が当初の見込みより早く、13日午前中に復旧。最低限必要なスタッフが確保できる見通しが立った。こうした現地の報告も踏まえ、大会本部は午前11時前に試合を予定通り開催することを発表。会場に駆け付けたボランティアや警備スタッフなど総勢2千人が準備に奔走した。
午後0時15分すぎ、河合さんら横浜のスタッフのもとに、この日の試合ナミビア対カナダ戦が中止となった岩手・釜石鵜住居復興スタジアムのスタッフからメッセージが届いた。河合さんが言う。
「本来ならキックオフの時間。(釜石の)快晴の写真を見て切ないものがありました。各地の被害状況もひどく試合を開催すべきなのかという声があることも承知していましたが、写真を見て、開催が決まったのだから絶対に成功させなきゃなと強く思いました」
こうして実現した日本対スコットランドの一戦には日本代表戦最多の6万7666人が集まった。選手たちは試合序盤から高い集中力を見せ、7対7の同点で迎えた前半25分には、フッカーの堀江翔太が体を回転させて相手守備をかわし、ロックのジェームス・ムーアはタックルを受けながらもパスをつなぎ、フルバックのウィリアム・トゥポウも守備をかわし、ボールを受けたプロップ・稲垣啓太がトライ。見事な連携プレーだった。加えて7点差に迫られた残り25分の粘りの守備。ジェイミー・ジョセフ監督は「タフな時間帯を見ていて、そのこと(台風の被害のこと)を思いました」。稲垣も試合後に「台風で被災した方々に、ラグビーで元気を取り戻していただきたい。そういう気持ちを持って試合に取り組みました」と語った。
ラグビーの国際統括団体ワールドラグビーのアラン・ギルピン大会統括責任者は会見で、こう述べた。
「あれほどの規模で試合を開催することでさえ極めて難しいタスクだが、それをこのような状況で実現したのは素晴らしい」