写真はイメージです(Getty Images)
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作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、英ジャーナリストが日本社会に問題提起したことについて。

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 故ジャニー喜多川氏による子供への性虐待疑惑を報じたBBCドキュメンタリーは、衝撃だった。イギリスのメディアがなぜ、日本の芸能事務所の問題に関心を持つのかわからなかったのだが、目の離せない重たい約1時間を経て気が付かされるのは、BBCの関心は日本の芸能事務所のスキャンダルなどではなく、「なぜ日本社会は沈黙しているのか」という一点にあるということだった。この問題を報じてきた「週刊文春」のページをめくるような感覚でBBCのドキュメンタリーを見ると、胃が重くなるような不快感と居心地の悪さにいたたまれなくなる。あのね、これはジャニーズ事務所のスキャンダルじゃないですよ、日本のスキャンダルですよ? わかってます? そんなストレートな批判に突き刺されるのだ。

 そもそもは1999年、週刊文春がジャニーズ事務所の元少年ら、十数人の証言を元に書いた記事にさかのぼる。成人した男性たちは、過去を語るときに手が震え、泣き出すこともあったという。語られた被害は詳細で酷似していたことから、週刊文春の記者は男性たちの話は真実だと確信し、14週にわたってジャニーズ事務所の問題を掲載した。当時、ジャニーズ事務所は記事を全否定し、ジャニー氏と事務所は1億700万円の名誉毀損の損害賠償を文藝春秋に求めた。裁判は4年にもわたる長いものだったが、元少年が証言をする場面もあり、結果的に裁判所は性被害の信憑性を認め、記事の重要な部分のほとんどを真実と認定した。

 BBCのドキュメンタリーは、この裁判結果をもってしても、警察も、メディアも、世間も完全無風であったことに疑問を投げかける。被害者がいるのに、なぜ事件化されなかったのか? メディアはなぜ報道しなかったのか? なぜジャニー氏はその地位も名誉も奪われることなく芸能界に君臨し続けられたのか。

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ドキュメンタリーで語られたこと