村上さんによる自作の朗読もあった。何を読むのかは、スタッフにも明かさなかったというが、村上さんが選んだのは、訳書『ジャズ・アネクドーツ』(ビル・クロウ著、新潮文庫)から小話がひとつ。それから、『夜のくもざる』(新潮文庫)から「天井裏」だった。

 会場全体が音楽で一体となったかと思うと、ピンスポットライト一本の静寂のなかでの朗読に耳を傾ける静かな時間が流れ、その合間に軽妙なトークが繰り広げられる。緊張と緩和が寄せては返す波のようにやってくる、不思議で贅沢な時間だった。

 進行を務めた坂本美雨さん(39)に、この40年間で書きたくなくなったことはないのかと問われた村上さんは、こんなふうに答えている。

「1回だけありました。『ノルウェイの森』がベストセラーになって、嫌なことがいっぱいあってストレスで書く気が起きないという時はあったんです。あとは、文章を書くのは好きだからいつも何か書いていますね」

 ライブ後、学生時代から村上作品を愛読しているという豊島区からきた30代の女性は興奮気味にこう語った。

「今日のイベントはすごすぎて。まず村上春樹さんに会えるということが信じられなかったし、他のゲストの方々も素晴らしい。自分の中で情報が処理できず混乱しているほどです」

 音楽の前では、作家もファンも平等。いい音楽を紹介し、ともに味わうことが、村上さんにとっての最高のもてなしだという気持ちが伝わってくるような時間だった。

 さらに村上さんのもてなしの気持ちが表れたのが、村上さん自身のアイデアで実現したという収録終了後の観客向けのフォトセッション。村上さんは出演者全員とステージに並び、観客は名残惜しそうにスマホで思い思いに写真を撮っていた。

「村上JAM」は8月25日に第1部、9月1日に第2部が、JFN38局ネットで放送予定だ。(編集部・小柳暁子)

AERA 2019年7月15日号より抜粋