政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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停滞していた米朝交渉が一気に進みだしました。米国の大統領が南北を隔てるDMZ(非武装地帯)の軍事境界線をまたいだのですから、派手な政治ショーとはいえ、その象徴的な意味は甚大です。戦争が凍結されたままで、いつ解氷されて大規模な軍事衝突が起こるかわからないDMZが平和的な話し合いの場になるとは、誰が予想したでしょうか。
もちろん、来年に迫る米国大統領選の選挙対策という見方もできます。しかしそれをもってしても、大きなリスクがあるなか、あのようなパフォーマンスをやれたのは前例にとらわれないトランプ大統領だからこそだと言えます。
北朝鮮の非核化が進まない理由として、朝鮮半島が準戦時体制下にあることがあげられます。このような状態で完全かつ不可逆的で検証可能な非核化を成し遂げるためには、「体制の転換」「内部崩壊」「外交的な話し合い」の選択肢しかありません。今回の米朝会談は、あくまでも「外交的な話し合い」で問題を解決することを確認し、具体的な作業部会によって道筋をつけていこうとしている点で大きな意味があります。
もっとも多くのメディアは、今回も「実のあることは何もない」という辛辣な見方をしています。しかし会談後の記者会見で、トランプ大統領があえて自らの後ろに立つビーガン北朝鮮担当特別代表を紹介しながら作業部会に言及した点には注意するべきです。
ビーガン氏はハノイでの第2回米朝首脳会談の前、スタンフォード大学の講演で段階的な非核化のアプローチに含みをもたせる発言をしています。柔軟な非核化について米朝が大まかな合意に達すれば、寧辺(ヨンビョン)の核施設+αの公開や査察、そして廃棄、さらにはICBM(大陸間弾道ミサイル)システムの解体といった段階に応じて、北朝鮮への制裁解除が部分的に進んでいくことになるかもしれません。
そうした劇的な進展は、トランプ再選に向けた動きと対応しながら、外交的成果を際立たせるシナリオになりそうです。トランプ政権が続くことは北朝鮮にとっても望ましいことです。冷戦の最後の孤塁に、確実に変化が生まれつつあります。
※AERA 2019年7月15日号