福岡伸一「炭水化物を主要なカロリー源とすることは進化上合理的なことだ」(写真:getty images)
福岡伸一「炭水化物を主要なカロリー源とすることは進化上合理的なことだ」(写真:getty images)
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 メディアに現れる科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回ひとつ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。いわば「科学歳時記」。第4回は「炭水化物ダイエット」を解説します。

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 割烹などに会食に呼ばれると、付き出し、八寸、お刺身、煮物……と素敵なものが少しずつ運ばれてきて、最後は、では「お食事」となることが多い。「お食事」とは、つまりシメのお米、もしくは麺類のこと。おいしい炊き込みご飯や香ばしいお蕎麦(そば)などが出てきて、これをいただいて初めて食事の幸福と満腹感があろうというもの。だが、ときにここで「あ、僕、炭水化物ダイエット中なので結構です」などとのたまう御仁がいる。まあ、それは人それぞれの自由ではあるのだが、そんなやせ我慢してもどうかなあと思う。

 炭水化物を制限して一時的に体重が減ったように思っても、人間が生存のために必要なカロリー数は決まっているので(体重60キログラムの平均的な日本人なら、一日あたり約2500キロカロリー)、必要摂取量を満たさないとおなかがすく。なので炭水化物を減らしても、結局、他の栄養素、タンパク質や脂質で不足分のカロリーを補うことになる。

 しかし、それ以上に、同じカロリー数であっても炭水化物を取らないことのデメリットが明らかになってきた。炭水化物制限を長期間続けると、寿命が短くなる可能性があるというのだ。

 東北大の研究チームがマウスを使って実験したところ、標準食に比べて低糖食・高タンパク食を食べたグループは寿命が約2割も短くなった(朝日新聞デジタル5月17日)。

 なぜか。低炭水化物食は、腸内細菌のパターンを変え(乳酸を作る細菌が減る)、その結果、腸内環境が悪化してがんなどになりやすくなったと考察された。

 ヒトは一人で生きているのではない。これは何も「金八先生」みたいなことが言いたいのではなく、腸内細菌を始め、さまざまな環境要因との「相互作用=動的平衡」の中で生命は支えられており、その平衡は長い進化の時間の中で最適化されてきた、ということ。腸内細菌は、単なる寄生者ではなく、ヒトの身体に積極的に益を成していることが注目されている。糖質量やカロリーなど、目先の数字だけにとらわれすぎるとこの精妙なバランスを見失う。

 我々ヒトの奥歯がひき臼状の構造になっていることから考えても、穀物、芋、木の実などを主食にしてきたことは自明で、腸内細菌もそれに応じて適応してきた。つまり、炭水化物を主要なカロリー源とすることは進化上合理的なのである。

◯福岡伸一(ふくおか・しんいち)
生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。