政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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英国のブレグジット(EU離脱)の行方が注目されています。メイ首相が自らの退路を断つと明言した3回目の「離脱協定案」も否決されました。メイ首相は宿敵、労働党首のコービン氏との協議に応じるという最後の賭けに出て、妥協案を探っています。
ただ、新たにEUが定めた期限は4月12日ですが、期限の延長にEU側が応じてくれるかどうか、まだ事態は流動的です。
振り返ってみれば、世界中が「英国病」と揶揄するほど大変な経済低迷を経験した1960年以降から70年代の英国は、ブレア政権以降はロンドン五輪の成功もあり、強い英国に返り咲いたというイメージもありました。しかし、現在の英国内の混乱を見る限り、英国が再び「英国病」にむしばまれる可能性は否定できません。
なぜ英国は何も決められないのでしょうか。最大の原因は二大政党制であるにもかかわらず、政権が代わるとまるで真逆に近いような政策が打たれるという、英国特有の政党政治の問題にあります。
ドイツではCDU(キリスト教民主同盟)とSPD(社会民主党)を中心にその間を取り持つ小政党との連立の組み替えによって政権交代が比較的順調に起きています。トランプ政権でかなり大きく揺れ動いている米国でさえも共和党と民主党にある程度の共通基盤があり、そこで政権交代が起きてきました。フランスも大統領が違う党派の党首を首相に指名する保革連合を経験しています。しかし、英国には保革連合が定着せず、国の基本的なかじ取りについて方向性の違う保守党と労働党の激しいパワーゲームが演じられてきました。
それがブレグジットをめぐって再現され、もしこのまま合意なき離脱に突き進めば、既成政党に対する多くの有権者の拒絶反応が昂じ、スコットランドや北アイルランドの問題も絡んで英国は癒やしがたい分断と対立に喘ぐことになるでしょう。
世界中で議会制民主主義が揺らいでいます。英国内のブレグジットをめぐる一連の政治的な騒擾ともいえる混乱は、今後の議会制民主主義のあり方を占う試金石になるかもしれません。
※AERA 2019年4月15日号