伝説のミュージカル「王様と私」の来日公演がついに決定した。絶対的な存在として君臨する王を演じる渡辺謙さんに見どころを聞いた。
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「とにかくやってみっぺかって。まぁ、越えられない壁じゃないと思ったんですよね」
4年前、自身初の挑戦となるブロードウェーミュージカルへの出演を決めた思いを、渡辺謙さん(59)はそう振り返る。
「でも映画の芝居で話すナチュラルな英語と舞台の英語は全く違った。ダイアログコーチ(英語台詞指導)と一緒に涙が出るくらい発音をやらされました。また、僕の歌は早口言葉みたいで相当ややこしい。最初はイップス(いつもできることができなくなる症状)にもなった。開演前、稽古場に行ってフルボイスで全曲歌わないと、怖くて出られないという時期もありました」
そんな壁を乗り越えた末に待っていた大絶賛。渡辺さんは日本人初のトニー賞ミュージカル部門主演男優賞にノミネートされ、待望の来日公演も決まった。
「日本でやれることも喜びですが、アンナ役のケリー・オハラを日本のお客さんに見ていただけるのが楽しみですね。非常にフレキシブルな感受性を持った人で、彼女との芝居は毎回フレッシュに感じるんです」
1860年代初頭のシャム(現在のタイ王国)を舞台に、絶対的な存在として君臨する王と、王の子どもたちの家庭教師として雇われた英国人女性アンナが、衝突しながらも文化の違いや立場の違いを超えて心を通わせていく。渡辺さんは近代化する世界の中で、葛藤する王の孤独を見事に演じたが、今作がさらに素晴らしいのは、王とアンナの繊細な演技の応酬の末に浮かび上がる「相互理解」というテーマだ。男と女=ロマンスの哀歓ではなく、人と人が真に認め合うとはどういうことか、迫力をもって示してくれる。
「二人の関係を人間愛だというと大きすぎるんです。すごくパーソナルな愛情なんだと思う。でも男と女という枠に収まらない愛なんですよね。妥協ではなく、ぶつかりながらもお互いを理解して尊重して融合していく……それは性別や国とか文化といったカテゴリーを超えて、今のこの不寛容な社会に必要なこと。演出家のバートレット・シャーがこのクラシカルなミュージカルを、今投げかける意味もそこにあると僕は思うんです」