1953年にテレビ放送が始まると、テレビでもクイズ番組が次々に誕生。その賞品・賞金は、ラジオ番組を中心に高額化していきました。1956年には最高賞金100万円の番組(日本テレビ「物識り大学」)も出現します。当時はまだクイズを低俗なものと考える人も多かったようですが、徐々に娯楽としての地位を確立していきます。
1963年には「アップダウンクイズ」がスタート。翌年から海外渡航が自由化されたこともあり、成績優秀者には賞金のほかにハワイ旅行が贈られました。この番組でハワイへ行った人たちが中心となって1972年に結成した「ホノルルクラブ」は、現存する最古のクイズサークルとされています。
そして、一獲千金を夢見て数々の番組に挑戦する視聴者の中から「クイズあらし」と呼ばれる人たちが頭角を現します。今で言う「クイズ王」の源流ですね。
1975年には「パネルクイズ アタック25」が放送開始。2021年秋にいったん終了しましたが、半年後に放送局をBSJapanextに移して復活。日曜日のお昼に放送され、昭和から令和まで続く長寿番組は、視聴者参加型クイズ番組の代名詞的存在となりました。
また、1977年には「アメリカ横断ウルトラクイズ」が誕生。圧倒的なスケールの大きさで人気を集め、1992年まで毎年秋に放送されました(その後、1998年に一度だけ復活)。終了から四半世紀が過ぎ、番組の存在自体を知らない人も増えてきましたが、この番組のテーマ曲(※)、SE、クイズ形式などは今でも随所で使われており、知らずに触れている人も多いかもしれません。
1981年には早稲田大学、1982年には東京大学、慶應義塾大学、立命館大学と、雨後のたけのこのように数々の大学でクイズ研究会が発足。当初はイベントサークル的な団体も多かったようですが、徐々にクイズ番組を「研究」するようになり、「ウルトラクイズ」の予選が行われた後楽園球場や東京ドームでは、各大学の幟や法被が会場に花を添えました。
1983年には「ウルトラクイズ」の弟分とも言われる「全国高等学校クイズ選手権(高校生クイズ)」が誕生。3人1組での参加が特徴(2人1組の時代も)のこの番組は、「世界一参加人数の多い“game show”」としてギネス世界記録に認定されたことも。2000年代後半からは数年周期でコンセプトを大きく変えながら、現在も続いています。
※「スター・トレックのテーマ」が使用された
(クイズ作家・校正者 田中健一/生活・文化編集部)