大島保彦(おおしま・やすひこ)/東京大学大学院博士課程を満期退学。1984年から現職。翻訳家としても多数の著訳書を出版し、大学の非常勤講師(哲学)を務めたこともある(撮影/品田裕美)
大島保彦(おおしま・やすひこ)/東京大学大学院博士課程を満期退学。1984年から現職。翻訳家としても多数の著訳書を出版し、大学の非常勤講師(哲学)を務めたこともある(撮影/品田裕美)

 駿台予備学校で長らく人気トップ講師に君臨するのは、英語担当の大島保彦先生(63)。その授業スタイルは斬新で、講義の半分以上は「雑談」で占められる。話題は哲学から経済学、社会学から科学、芸術にまで及ぶ。解答テクニックだけに頼らず、博覧強記の大島さんだからこそ成立する授業の神髄とは。

*  *  *

 今の授業スタイルは、最初から意図的に作ったものではありません。予備校講師になって10年ほどで、英語の授業として私が伝えることの骨格はほぼ確立しましたが、生徒に英語を通して「普遍的学力」をつけさせることが、私の役割なのではないかと考えるようになりました。

 有名大学の英語長文は、極めて良質な「読書案内」です。知の先端の認知科学や行動経済学から、メディア論、芸術論まで、「ニューヨーク・タイムズ」や「エコノミスト」の書評欄で取り上げられるような文章が題材になっている。これらの「知」はシームレスにつながっており、普遍的学力があるとグッと理解が深まります。授業時間の多くを割いて、私が学術的な話をするのも、それで読めるようになり、解けるようになるからです。

 たとえば、今年の入試では東大、京大などで「人は協力して生きていく」というテーマが出題されました。これは人類学的な知見が背景にあります。英単語を並べ替える「語句整序」も、混沌から秩序を見いだす練習になります。入試問題と格闘しながら試行錯誤することは、今後の人生でとても意味のあることだと、私は思っています。

 授業で全ての生徒を100%満足させることはできません。授業時間50分のうち、10分間でも、それぞれなりに価値を感じてもらえばいい。授業は、私にとっても知的好奇心を満たしてくれる場です。思考がどんどんつながり、自分の話が思いもよらずに転がっていき、それを生徒が食いつくように聞いている時の教室は、波を打つような躍動感に満ちている。教室全体が「ミシミシ」と音を立てるように、「知」が浸透する。その瞬間が、予備校講師として最もうれしく、興奮を味わえる瞬間です。

(構成/編集部・作田裕史)

AERA 2018年9月24日号