東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
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「無理のある五輪」認めよ(※写真はイメージ)
「無理のある五輪」認めよ(※写真はイメージ)

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 サマータイムの導入が話題を呼んでいる。2020年東京五輪の猛暑対策として、19年と20年の限定で時刻を2時間繰り上げる暫定措置が検討されているというのだ。7月に一部報道が出たときは奇抜な観測気球とも思われたが、その後政府は意外と本気であることが明らかになってきた。

 ネットユーザーの反応を見るかぎり、サマータイム導入には反対意見が圧倒的に多い。専門家や各業界団体からも、健康リスクや導入コストを理由に反対意見が相次いでいる。導入実績のあるEU諸国でも、市民の8割が廃止を望んでいるという調査結果もある。そもそも東京で開催されるたったひとつのイベントのため、日本全国の時刻を変更すること自体ナンセンスである。

 ほかも東京五輪絡みでは首を傾げる話題が相次いでいる。たとえば公式ボランティアについて、交通費や宿泊費が基本的に自己負担のうえ、通訳など高いスキルも要求され、「ブラック」な「やりがい搾取」なのではないかと非難の声が高まっている。大会組織委員会は11万人の参加を見込んでいるというが、予定人数が集まるかは不明だ。加えて、メダル製作の素材が足りないので「国民参加」の名のもとに自治体に一部家電の「供出」を要請したり、渋滞対策のため一般市民に大会期間中の宅配便利用自粛を呼びかけるなど、国民に負担を強いる珍妙なニュースが相次ぎ、五輪の印象はどんどん悪化している。

 猛暑対策、ボランティアへの過剰依存、金属不足に渋滞対策と、問題の性格はそれぞれ異なっている。しかし共通しているのは「無理のある五輪」との印象である。

 五輪誘致に際して、当時の猪瀬直樹都知事は、東京は世界一コンパクトで安価な五輪になると説明していた。現状はそこから遠く、大会経費は3兆円に上るとの試算もある。政府と東京都と組織委員会は、そろそろ自分たちが「無理」をしていることを認め、国民に状況を率直に説明するべきではないだろうか。不可能を精神力で外見だけ突破したとしても、無理のツケは必ず回ってくる。このままでは東京五輪は、国民にけっしてよい記憶を残さない。

AERA 2018年9月10日号