●人件費比率が低い“ブラック保育所”急増
しばらくは株式会社立の保育所は大幅には増えなかったが、13年に潮目が変わった。2月、東京都杉並区で待機児童となった赤ちゃんを抱えた母親たちが、区役所を取り囲んで抗議行動を起こした「杉並保育園一揆」をきっかけに、待機児童問題の報道が過熱。国を挙げての待機児童対策が掲げられるようになった。そして同年4月、安倍晋三首相が「成長戦略スピーチ」で株式会社による保育所の受け皿確保について言及。その後も、流用できる金額が膨らむなど規制緩和が進んだ。
こうして企業参入が促されたことで、急速に株式会社立の保育所が拡大した。株式会社立は07年に118カ所だったが、16年には1236カ所に急増した。最大手は認可保育所を約150カ所も展開する規模だ。
政府の目論見通り待機児童の受け皿は増えたが、「委託費の弾力運用」が悪用され、著しく人件費比率の低い“ブラック保育所”が急増しているのだ。
東京都の調査では、都内の認可保育所の人件費比率は、社会福祉法人は69.6%だが、株式会社では49.3%という低さだ。ただ、この人件費比率はあくまで園長など管理部門の職員を含む全体のもので、現場の保育従事者に限った人件費比率はもっと低くなる。
筆者が東京都に情報公開請求し、東京23区の認可保育所731施設の財務諸表を調べると、「園長、事務長、事務員、用務員」を除いた保育従事者の人件費比率は、社会福祉法人で55.4%、株式会社は42.4%と、全体の人件費に比べ一段と低いことが分かった。20~30%台という異常に低い例も目立った。冒頭の大手株式会社2社も、30~40%程度に留まる。弾力運用で賃金の大元が底抜け状態なのだ。
人件費は、事業費や管理費との間での流用だけでなく、「その他の支出」となる積み立て、他施設の運営費、新規開設費用に多く回っている。東京都の調査では15年度の実績で、社会福祉法人で10.8%、株式会社では18.1%もの費用が「その他の支出」に流用されている。つまり、人件費を削って多くの施設を展開していることになる。
●弾力運用に縛りかけ、保育士守る政策を
こうした人件費の流用がなければ、保育士の収入はいくらになるのか。内閣府と厚労省の通知「平成29年度における私立保育所の運営に要する費用について」によると、公定価格での平均年収は約380万円と示されている。これをベースに、国が行っている処遇改善を加えると、平均で約398万円になる。経験年数やキャリアに応じた処遇改善が加わると、さらに年収は上がるという想定だ。