お笑い芸人のマキタスポーツさんによる「AERA」の新連載「おぢ産おぢ消」。俳優やミュージシャンなどマルチな才能を発揮するマキタスポーツさんが、“おじさん視点”で世の中の物事を語ります。
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「好き嫌い」について考えてみる。
言葉の使い方として、
「好き嫌いを言うな」
「この子は好き嫌いが多くて」
「好き嫌いなく、なんでも食べるようになった」
などが挙げられる。私達が生まれるはるか前から使われていると思われ、おそらくあまり食べ物がない時代に作られた言葉のはず。
「ある物を黙って食え」
という裏メッセージが含まれているような気がする。
ちと重たい。
だいたい、飽食の現代にこんな裏メッセージはないだろう。点検が必要な言葉だ。
それにしても、皆、嫌いな物に対して口が悪い。
「ピーマンだけは意味がわからない」
「椎茸……聞いただけでも吐き気がする」
「生魚は無理、マグロだけは別だけど」
何なのか、この思い上がった言い方は。最後のやつは、私の知人が実際に言っていたもの。「ハゲは無理。外国人のハゲは別だけど」。おまえの言っていることはこれと同じだと叱っておいた。
特徴的なのは、皆、自分が悪くないような口ぶりなところ。アレルギーだったら話は別だが、そうじゃない、単なる“好き嫌い”で、「嫌い=おまえの方が悪い」と決めつける論法なのである。食べ物だけは絶対に自分を見放さないと思っているのか、甘ったれた物言いだ。
ところで、前から思っているのであるが、世間から「不味い物」がなくなってきているのだがどうか。冷静になって考えてほしい、相変わらず不味い物がないわけじゃないが、“大外れ”というほどのものはそんなにないのである(例えばラーメン。私の子供のころから比べれば、確実に均質化し、偏差値は上がった)。然るに、辺り一帯美味しいものに囲まれた世の中で「あれ食いたくない、これは不味い!」とかほざいている子供のような存在が現代人だと思うのだ。
「自分のせいにしてみる」
私が実践していることがこれだ。