自らの手でコンクリートのビルを建てる、岡啓輔さんの意志と記録をつづったノンフィクション『バベる! 自力でビルを建てる男』が出版された。岡さんが建てるビルには、並々ならぬ思いが込められている。
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2005年の着工から13年。いまだ完成しないビルが東京・三田にある。いつ完成するともわからないそのビル「蟻鱒鳶(ありますとんび)ル」は、いつしか名所となった。建築面積は25平米弱、延べ床面積でも100平米ほどの決して大きくないコンクリート建造物。その存在感たるや。写真を撮る人、見学を希望する人が引きも切らない。
「好き嫌いはあるだろうけど、街の人たちもなれちゃったんでしょうね。毎年、春になると近くの保育園の子どもたちがやってきてチョークで壁に絵を描いていくんです」
このビルの施主(発注者)であり、設計者(建築家)、施工者(職人)でもある岡啓輔さんは愛おしそうな表情で、コンクリートの壁に残されたチョークの跡を指さした。
建築を学ぶうちに、さまざまな形を作り出せるコンクリートの魅力に取りつかれた。そのコンクリートも自らが現場で練ってつくる。
「明治時代のコンクリートはとても頑丈で今でも建造物が残っているけど、今はそこまでもちません。それはなぜか。コンクリートの水分量が増えているからです」
建築物の基礎であるコンクリートの寿命は、建物の寿命でもある。コンクリートの水分量が多ければ多いほど、作業効率は上がるが強度は落ちていく。現在の建築基準の法定耐用年数は50年。市販されている生コンクリートでは、セメントの質量に対する水の質量の割合(水セメント比)は60パーセント近いが、作業現場では効率を上げるために水分をさらに増やす業者もいるという。
「蟻鱒鳶ルのコンクリートの水セメント比は37パーセントです。コンクリートを練るのも型枠に流すのも一苦労ですが、専門家の方からは200年以上もつと言われました」
地下を掘るだけで1年弱、緻密な作業の連続、そして資金難。さらには再開発にも巻き込まれた。
「再開発はつらいけど、『いま闘っておくぞ』という気持ちです。都心にビルを建てているのですから、100年とかのスパンで考えれば、どこかで再開発の話は来る。70歳で再開発の話がきて、『ここハンコついてくれ』って言われたら、『じゃあ』ってなるだろうし。やっぱり今がベストタイミングなんです。それに再開発とかそういうことが起こるから、いいものをつくらない限りはかならず潰されてしまう。だから、よりいいものをと思うのです」
200年後の世界は一変しているだろう。それでも朽ちることなく蟻鱒鳶ルが「在る」ことを信じて、今日も岡さんはビルをつくり続けている。(編集部・三島恵美子)
※AERA 2018年6月1日号