「しかし、人間の性愛や家族の営みを可能にしてきたのは、損得を超えた絆を結ぶ力です。その力が現代に顕在化しないのは、適切な時期に適切な刺激がないから。愛される経験、愛し合う夫婦、恋人を見て羨ましいと思う経験がなく、愛の営みを絵空事と諦めてしまうのでしょう」(宮台さん)
恋愛を飛び越え、結婚し助け合うことで埋め合わせようとしても、生活が便利になるだけで損得勘定の域を出ない。味気ない、生きる意味を見いだせないといった無力感があるとしたら、性愛の欠如が関係しているのか。
性愛が退却するいっぽう、死ぬまで性愛を享受する人たちもいる。東京大学名誉教授で医師の石川隆俊さんは、60代から90代までの男女160人に聞き取り調査をした。すると、7~8割の男女が現在も性生活を楽しんでいることがわかった。「年をとったらセックスは不要では」と考えていた石川さんにも驚きの結果だった。
「性交渉で脳内にドーパミンが放出されて幸福感が出て、生きる意欲が湧いてきます。実際、皆さんいきいきとしていました」
そうした男女は地域のコミュニティーがあり、田園などある程度自然の残る場所に暮らしていることが多かった。石川さんは「性愛は森の中で生まれたのでは」と仮説を立てている。
「林立するビル群の中で都市生活を送る現代人が、忘れかけるのは道理かもしれません。性愛は人間にとって大切な幸せのひとつ。取り戻したいなら、旅へ出たり、自然に触れてみたり、環境を変えて人とスキンシップをとってはどうでしょう」
なるほど。現在、セックス解脱中の女性の一人(37)は、微笑んでこう語った。
「性は個人的なことですし、人にどうこう言われることじゃないですよね。今後一切しないと決めているわけじゃない。もしも明日したくなったら、自分の責任ですればいいんです」 (編集部・熊澤志保)
※AERA 2018年5月28日号より抜粋