政府は16年8月、北朝鮮の弾道ミサイル発射に備えた自衛隊法82条の3に基づく破壊措置命令を「常時」に切り替えた。これを受け、大阪府高槻市在住の水戸喜世子さん(82)は、ミサイル攻撃を受けた場合の被害で人格権が侵害されるとして昨年7月、関西電力に高浜原発3、4号機の運転差し止めを求める仮処分を大阪地裁に申し立てた。

 水戸さんの夫は、70年代初めから反原発運動の草分けを担った放射線物理学者で、芝浦工業大教授だった故・水戸巌さんだ。父の背中を追いかけて物理の世界に進んだ京都大院生の共生(ともお)さん、大阪大生の徹(てつ)さん(いずれも当時24)の双子の兄弟は、山を愛した父とともに登山に親しんだ。86年末、「これが最後」と北アルプス・剱岳を目指し、父子は消息を絶つ。翌夏、登山仲間が3人の遺体を確認した。夫の遺志を継ぐ水戸さんは言う。

「戦争状態になるリスクがあるからJアラートが鳴ったり、避難訓練が行われたりしているのでしょ。それぐらい大変な状況なのに、なぜ原発だけ放っておくの、というのが私の素朴な思いなんです。頭を抱えてしゃがみ込むことよりも、やらなければならないことがあるはず。このままだと原発は自爆装置になってしまう。日本には福島や広島・長崎の経験もあるのに……」

 仮処分申請は、年度内にも大阪地裁の決定が出る見通しだ。原告代理人の一人、河合弘之弁護士はこう主張する。

「北朝鮮が日本に弾道ミサイルを撃ち込むと、それは自殺行為になるからやらないとの指摘や、ミサイルの精度が低いから原発には当たらない、というのは俗論です。核燃料を扱う原発の安全性は、地震や火山といった10万年に1回のリスクにも向き合うなど、一般の社会生活の危険性とは異なる尺度で確保されなければならないのです」

 関西電力は本誌の取材に「ミサイルの破壊力は不明ですが、原発敷地内に着弾した場合も、主要な設備は堅牢な格納容器の中にあることから、ただちに大きな災害には至らないと考えています。仮に電源供給や給水に支障が生じた場合も、電源車や大容量ポンプ、消防車など可動設備があり、5層の深層防護で安全確保を図ります」と説明した。

 これで安心と言えるのか。高浜町の野瀬豊町長は複雑な胸中を明かした。

「100%の確率でミサイル迎撃できますか、といった問いを突き付けると、いきおい先制攻撃論みたいな話に発展しかねません。今の法体系の中で日本が持つリソースを最大限活用するしかないのでは」

 国内の原発は高浜原発3、4号機のほか、九州電力の川内原発1、2号機(1号機は定期検査中、鹿児島県)で稼働している。日本の原発リスクは、日米の政策次第との見方も否めない。(編集部・渡辺豪)

AERA 2018年3月19日号より抜粋

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