例えば、ファンタジー漫画の金字塔『ポーの一族』。ここで描かれる、決して老いない美しい吸血鬼の少年のように、羽生には人々を異世界へといざなう魅力がある。
「フリーで演じた『SEIMEI』も非現実感のあるプログラムでした。羽生選手からは、この世を超えていこうとする美しさを感じます」(藤本さん)
度重なるけがや病気など、次々に襲いかかる苦難を乗り越えて成長する姿も、少女漫画の主人公に重なると藤本さん。
ライバルとの試合の様子が躍動感豊かに描かれる少年漫画ではない。内面に問いかけ、自らの限界に挑み続ける1970~80年代の『エースをねらえ!』や『アラベスク』のような、モノローグの多い漫画だ。
登場人物の向上心が際立つこの時期の漫画と共に子ども時代を過ごしたのが、いまの40代以上の女性たち。この層に羽生ファンが多いのもうなずける。
スポーツのファン心理に詳しい早稲田大学の松岡宏高教授によれば、アスリートのブランド価値は「競技の実力」「外見」「性格やライフスタイルといった内面」の3要素で決まる。なかでも、内面の影響力が最も大きいという研究成果があるという。
「ファンがその選手の成功を自分のことのように感じて達成感を得られる、肩入れできるアスリートには、ロイヤルティーの高いファンがつきやすい。羽生選手の生き方や考え方、ストーリーが、熱狂的なファンを増やしていく」(松岡さん)
エキシビションにも、羽生らしいシーンがあった。
全プログラムが終了してリンクを後にする間際。羽生はくるりと向き直ると、誰もいなくなったリンクの片隅で一人、深々と頭を下げた。そのまま体をかがめ、慈しむようにポンポンと2度、氷に触れた。
これが、羽生結弦が羽生結弦たるゆえんなのだ。(編集部・市岡ひかり)
※AERA 2018年3月12日号