西部さんの優しさを象徴するエピソードとして中島さんが挙げるのは、07年、安倍晋三首相が病気で総理を辞めたときのことだ。
「私が安倍内閣はいかにおかしかったかを雑誌に書いたら、先生にこう叱られました。『中島君が書いていることは全部正しい。けれどもドブに落ちた人間をたたくな。知識人なら励まそうという態度を取らないといけない』。その後、先生は安倍さんを励ます会を開き、保守の勉強会をしばらく続けていました。すごいのは、安倍さんが政権に返り咲くと今度は遠ざけていたことです。権力と距離を取る姿勢はさすがだと思いました」
●保守派に対する不満
芦澤さんや中島さんが口をそろえて言うのは、「先生から酒場で多くのことを教わった」ことだ。西部さんは飲みながら議論をするのが好きで、新宿界隈の飲み屋をはしごしながらいろんな人たちと酒を酌み交わしたという。自宅の近くにある行きつけのバー、「ローズ」のママ、坂本ナポリさん(59)が言う。
「西部先生が主宰していた雑誌『表現者』の打ち合わせで10人ぐらい集まると、政治の話が延々と終わらない。かと思えば、思想的に右と左の両方の人たちを集めて楽しく飲むこともありました。歌もお好きで、三橋美智也や島倉千代子、イタリア映画の主題歌などをよく口ずさんでいたのを覚えています」
そんな西部さんも、正しい保守が日本に定着しないことにはいら立ちを見せていたという。
昨年5月発売の本誌で、西部さんは中島さんとの対談でこう語っている。
「トランプ米大統領をはじめ、世界の指導者でもゴロツキがたくさん出てきた。(略)反社会的勢力が得意とする、『俺たちは、場面場面でものを言っとるんじゃ』という態度と同じ。そういう人間は矛盾を指摘されてもまったく動じない。昔の保守政治家には、相矛盾した二つをギリギリつなげる微妙で繊細な語彙(ごい)、ユーモアがあった。今は、それもなくなり、ただの乱暴な言葉だけだ」