自国ファーストを掲げる国家が増え、個人主義や権威主義が民主主義を脅かす。そんな時代に一石を投じるナチス関連映画3本が、12月に公開された。
映画「否定と肯定」は、少し変わった角度からホロコースト問題を描いた作品だ。1996年、歴史学者のデボラ・E・リップシュタットはホロコースト否定論者のデイヴィッド・アーヴィングを著作で非難したとして、名誉毀損で訴えられる。悩んだ末、法廷で闘うことを決めた彼女は、アーヴィングの論旨の矛盾点を徹底的に調べ、「ホロコーストは本当にあった」ことを立証していく。
ホロコーストの犠牲者は600万人。サバイバーの母を持つ駐日イスラエル大使館の公使、イリット・サヴィオン・ヴァイダーゴルンが、
「『否定と肯定』のホロコースト裁判は今に通じる問題。世界中の多くの人がホロコーストをなかったことにしようとしています」と話すように、アーヴィングのやったことはまさに現代の「ポスト・トゥルース」「フェイクニュース」だ。歴史歪曲やニセの情報が拡散され、認知されることで、あたかも「それが真実かもしれない」と人々を惑わせる。リップシュタットは言う。
「アーヴィングのような人々にはあるタイプが当てはまる。それは“ヘイター”であること。アーヴィングは反ユダヤ主義者で人種差別主義者でしたが、彼らのような人々はその気持ちを内側に隠し、一見、人にリスペクトされるような学者を装っている。現代ではそういう人がものすごく増えていると感じます」
対抗手段は「とにかくチェックすること」に尽きるという。
「裁判のとき私の側に立ってくれた学者に言われました。『アーヴィングが“おはよう”と声をかけてきたら、窓の外を見て、本当に朝であるかどうかを確認してから“おはよう”と返しなさい』、と(笑)。私は学生たちにもそう教えています。著者がどんな経歴なのか、ネットの発言のニュースソースはどこにあるのか。うのみにするのではなく、『本当なのか?』という気持ちを持つこと。それがトゥルース=真実を見極めることにほかならないのです」
しかし、国家が歴史の事実を認めないという現実もある。
「私は『国』がその過ちを認めることができたとき、より高みにいけると考えています。例えばクリントン元米大統領はルワンダの大虐殺に対し、何もしなかったことを後に謝罪した。もちろん亡くなった方には何の意味もないけれど、認知した意味は大きい。でもアメリカ人の多くは自分の国が『謝る』ことに対して大きな抵抗感を示します。日本でも同じでしょう。謝ること、認めること=国の弱さと考えてしまう。しかしその考えは危険なものです。何が間違いだったのかを見つめ、認めることは本当に重要なのです」
リップシュタットの闘いは現代に大きな意味を投げかける。
「あの裁判を経て、いまこんな状況になっていることに落ち込みもします。でも私は楽観主義者。私の闘いを通してみなさんに立ち上がる勇気が生まれることを願っています。誰にでもできることはある。小さなことから変化は始まると思うのです」
ノルウェーが舞台ながら、いつの間にか日本の民主主義や天皇制に置き換えて見てしまうのが、「ヒトラーに屈しなかった国王」だ。40年4月9日、ナチスドイツ軍が首都オスロに侵攻。降伏を迫られた国王ホーコン7世が降伏協定を拒否するまでの緊迫した3日間を描く。監督のエリック・ポッペは制作理由の一つを、「いま世界の状況を見ても、民主主義について語るべき時期だと。今日的な意義が強いテーマだと思った」と語る。
ホーコン7世はデンマーク国王フレデリク8世の次男。1905年に国民投票によってノルウェー国王に選ばれた。国民投票で選ばれることが国王就任の条件だったという。そんな王は「選挙をオープンにすることを推し進めた人物だった」とポッペ。