内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
シリアルキラーは私達の日常に潜んでいる…(※写真はイメージ)シリアルキラーは私達の日常に潜んでいる…(※写真はイメージ)
 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 座間市の連続殺人と死体遺棄事件は、日本では珍しい「シリアルキラー」事件であった点と、ツイッターを利用して被害者を誘導していた手口の特異性で内外のメディアの注目を集めた。政府はツイッターの規制、ネットで自殺願望を発信する若者のメンタルケアなどを含む再発防止策の策定に取り組み始めた。

 事件についてある新聞からコメントを求められたので、こう答えた。この事件について、原因を家庭教育や学校教育やあるいはメディアの影響やSNSの規制不備に求めるのはお門違いだろう。それよりも、ゆきずりの人をシステマティックに殺して、その死体をモノのように扱い、同じ室内に腐乱死体として放置して寝起きすることが気にならない「人間」が私たちのまわりに「ふつうの人」のような顔をして暮らしているということにもう少し畏れの気持ちを持つべきではないか。私はそうコメントした。

 そういうタイプの人間は歴史的条件とも成育環境ともかかわりなく一定の比率で発生する。青髭も安達ケ原の鬼婆もエド・ゲインも、どうして「そういう人」になったのかを外的要因で説明することはできない。人間の心の闇の深さはしばしば解釈を受け付けない。

 エド・ゲイン事件を素材に、ヒッチコックは「サイコ」を、トビー・フーパーは「悪魔のいけにえ」を撮った。軟弱なマザコン青年とチェーンソーを振り回す「レザーフェイス」が同一人物でありうるという現実を、この2人の天才的な映画作家にしても描くことはできなかったのである。

 何かのきっかけで無差別殺人者に変わる人が私たちの周りに「ふつうの人」のような顔をして(しばしば本人もそう思って)暮らしている。そのことを前提にして私たちは生活を営むべきだろうと私は思う。そのためには「そういう人」が発するわずかな「瘴気(しょうき)」を感知して、かかわりを回避する感受性を涵養(かんよう)する必要がある。もちろん今の日本の教育プロセスにはそのような能力を開発するプログラムは存在しない。けれどもそれは生き延びる上でもっとも緊急な、おそらく最も太古的な人間的資質なのである。

AERA 2017年12月4日号