安倍首相と異なる思想性を示していたら、自民党票を大幅に削り、安倍一強体制を終息させていたのでは、と田中氏は言う。
田中氏が小池氏に期待していたもの──。それは、メディアをにぎわす、二大政党制を構築する対立軸の立ち上げではない。現在は失われ、それゆえに国民が求めているだろうかつて保守の本筋にあった、リベラルの復活だった。
「石橋湛山、鳩山一郎、吉田茂。戦後の日本の名だたるリーダーたちは、第一級のリベラリストでした。石橋湛山は『斬新な思想は自由な社会から生まれる。将来のために、言論の自由は徹底して確保しておかなければならない』と言っていました。左派も含めあらゆる主張に耳を傾け、政策に盛り込んでいくという姿勢を持つ、保守の健全な精神を持つ人たちが、リベラルと呼ばれていたのです」
ところが、現在、多くの人がリベラルと聞いて想起するのは、左派的なリベラルだ。
「冷戦終結以降、かつての社会主義者や市民運動家がリベラルという名の心地よい椅子に座りはじめた。『リベラル』に、保守派リベラルと革新派リベラル、二つの流れができてしまった」
田中氏自身も宮沢喜一元首相も、「リベラル」と呼ばれたが、うなずいたことはない。「意味がよくわからなかった」からだ。
「市民主義には統治という視点がなく、主権国家を考えた場合、明らかに限界がある」と言う。
田中氏は、自民党の系譜もふたつの流れから読み解く。
「1955年に結成された自民党の前身は、戦争を推進しなかった人々を中心にした自由党と、公職追放が解除され政界に出た人々を中心にした日本民主党で、私は前者を『保守本流』、後者を『自民党本流』と呼んでいます」