稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
お彼岸にはこんな海苔巻きを頂きました。ほんのり甘い丁寧な味はまさに母の愛!(写真/本人提供)
お彼岸にはこんな海苔巻きを頂きました。ほんのり甘い丁寧な味はまさに母の愛!(写真/本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】稲垣さんがお彼岸に頂いた海苔巻き

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 会社を辞めて以来、寂しくなると仲良しのパン屋さんに行っては相手にしてもらうアフロ。ついには時折「まかない飯」にありつくまでに。ほぼ野良だな。で、よく超絶美味な煮物が出るので作り方を聞くと、たいがい「おかーさんが持ってきた」と。誰のお母さんなのと聞くと、そうじゃなくて近所の人だと。

 え、近所の人? それだけの関係?……とはてなマークが点滅しまくり、店の前を横切った当人に尋ねると「私はここの子たちが大好きなのよ~」「主人は何を作っても何にも言わないんだもん」とニコニコ。この世知辛い現代に、こんな仏のような方が現実におられるのです。

 ところが感心するのは早かった。なんと他にも「おかーさん」が何人もいて、その誰もがなんだかんだと持ってきてくれるらしい。ううむ。

 いったいなぜこのようなことが起きているのでしょう。

 こっそり観察していたら理由が見えてきました。ここでは人の距離が近い。店の人は絶えず客と話し、前を通る顔見知りに手を振っている。もちろんおかーさんを見かけると飛んで行って「あれ美味しかった!」と伝えている。

 それは今や特別なことなのかもしれません。私たちはいつからか人と近づくことを避けるようになりました。たぶん原因は「お金」です。お金さえ払えば煩わしい人付き合いなどせずとも何でもできるのだから。だからお金がなくなることが怖いのです。でも実は、世の中にはお金なんかもらわなくたって人に親切にしたい人が溢れているのかも。

 そう気づいた私は、パン屋さんをまねして、近所のうすーい顔見知りとも積極的に挨拶し、手を振り、雑談をすることにしたのでありました。そしたら何と私にも5人ほどの「おかーさん」ができたのです。野菜、醤油、スープ、鉢植え、歯ブラシ……いやもう何でも頂きまくっている。お返しをせねばならぬのですが実はそんなものは求められちゃいない気もします。感謝と笑顔が彼女たちの尽きない活力源。いやはやとんでもない鉱脈を見つけちまったぜ。

AERA 2017年10月30日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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