何やら聴き慣れぬ音色が近づいてくる。奏者の姿は見えない。正体は、新たな展開をみせているAI(人工知能)。人間と協調して演奏し、わずか数十秒で作曲もするとか。AERA 9月4日号ではAI時代の音楽を見通すアーティストや動きを大特集。人間と音楽、そしてAIのトリオが奏でる曲とは、一体何か――。
舞台上のCGの歌手に観客が熱狂する時代。だがデジタルに踊らされているわけではない。中にはなんと“人間”がいるようだ。
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音楽好きでも「ボカロ」と聞いてピンと来ない人は焦ったほうがいい。歌詞とメロディーを入力するだけで歌声を作ることができるソフトウェア「ボーカロイド」のことだ。
この技術で歌声を合成したバーチャルシンガー「初音ミク」の大ブレークをきっかけに、ネットにはボカロを使った楽曲や動画が盛んに投稿されるようになった。通信カラオケではそうしたボカロ曲をすでに5千曲以上配信し、10代のカラオケヒットチャートでは上位の常連だ。
●ボーカルだけがいない
もはや新ジャンルの音楽として人気を確立したボカロだが、名称はソフトを開発、販売しているヤマハの登録商標。同社の新規事業開発部・VOCALOIDグループの大島治氏は、ネット上では「ボカロの叔父」として知られた存在だ。
もとはちょっとした挑戦だったという。2000年前後、シンセサイザーなどを使い、ギター、ベース、ドラムなどあらゆる楽器の音がすでにコンピューターで合成できるようになっていた。一方、バンドでいうボーカルだけは埋まらぬピースのまま。そこで3年以上の開発期間を経て、03年に発表したのが「ボーカロイド」だ。ただその際、“人間らしさ”を残した。
「実は技術的には電子音だけで人の声を合成する技術もありました。でもボカロでは、実在の歌手の歌声から、細かい音声のパーツを取り出して合成し、歌声を作り出す手法を採用しました。そのほうが断然、人の存在を感じられる出来だったからです」