「AIは人間が勘でできることができない。情報に優先順位をつけられない。つまりバイアスがないから逆に膨大なデータが必要です。でも、作曲家に世界中の音楽に精通した人はいなくても、AIは同時になんでも吸収できるため、それが簡単にできる。20世紀最大の名曲と言われるストラヴィンスキーの『春の祭典』もビートルズの楽曲も、当初は『こんなの音楽じゃない』とノイズ扱いされていたことを思えば、AIがビッグデータをもとに境界領域の新しい楽曲を作り出すことは期待できるんじゃないでしょうか」
●「人の顔」が見えるのか
音楽産業にも影響を及ぼすAIと技術革新の波。しかし音を楽しむのは人であり、「人の顔」が見えない音楽は無用の長物になるしかない。ボカロの音源として発売されている「歌声ライブラリ」には、小林幸子の声をもとにしたものもあり、“しゃくり”“こぶし”を再現するプラグインを付属。X-JAPANの故HIDEの歌声をボカロで再現し、未発表曲のボーカルパートを再現した「最後の新曲」が発売されたこともある。前出のヤマハ大島氏は言う。
「私たち開発者まで父、叔父などとファンに注目してもらえるのも同じ理由かも。大部分をコンピューターが作り出した音楽とはいえ、ソフト製作者や歌声の元になった人、それを楽曲にまとめあげるボカロプロデューサーなど、“人の存在”が見えるからこそ、リスナーは耳を傾けてくれるのだと思っています」
作品やアーティストのバックグラウンドにまで思いを馳せるのが受け取る人間の性なのか。ちなみに池谷氏は1991年に88歳で亡くなった南米チリ出身のピアノの巨匠、クラウディオ・アラウの大ファンだとか。
「晩年の録音を聞くと、リズムも取れてないし隣の鍵盤を叩いたり、もういい年のおじいちゃんになっているから正直言って下手です。でも世間の人も私も有り難がって聴く。それで癒やされるんです。ジャズの生演奏もプレーヤーの一人をAIにして即興できれば楽しいですよね。目配せしたらこう返してこいよ、みたいに。AIの特徴は学習することですから」
AIが介在する音楽の未来予想図は存外楽しく描けるかも。
(編集部・大平誠、ライター・福光恵)
※AERA 2017年9月4日