「建て替え準備に管理組合の費用を拠出するのは横領だ、それを返せ、と提訴されました。法的に無理と裁判所は蹴った。新聞報道をめぐって理事長個人が名誉毀損で訴えられたケースもありましたが、請求棄却。いずれも証拠調べなしに一審で終わりました」
賛否の熱気が満ちたところに、またも経済危機が襲いかかる。リーマン・ショックである。マンション市況は一挙に冷え込んだ。東京建物は手を引くに違いない、と住民は怯えた。だが、東京建物は、仮住まいと引っ越し用に計上した補償金、1戸500万円を取り崩す、つまり500万円の住民負担増と、計画の再考を条件に建て替えに参画したい、と表明した。住民は条件を受け入れる。東京建物のプロジェクト開発部課長・木村満宣が振り返る。
「一般の再開発では、地権者の仮住まいの補償金はつきものです。それを応用したのですが、さすがに難しくなった。当社の役員会で、侃々諤々、意見がぶつかったと聞いています。結局、640戸の方々の生活を巻き込んでいる社会的責任。そこが大きかった」
●生きている間は助け合おう 建物変わっても人は不変
団地では女性陣の「草の根」のコミュニケーション活動が展開された。草創期に入居した小澤寛子が述懐する。
「一つの階段を使う左右10戸が一単位でね、朝な夕なに建て替えの話をしました。自発的な芝生集会もずいぶん開きましたよ。建物を、あっち直し、こっち直しで使っても修繕積立金の徴収額は2倍になるんだよって。ここで死にたいって方には、生きている間は助け合うから、がんばろうと言ってね」
波乱含みのまま10年3月、天王山の「建て替え決議」の採決を迎えた。住民総会で票が集計され、640人の区分所有者のうち賛成が586人、反対は54人だった。約92%の高い賛成率に「おおーっ」と議場がどよめいた。