大西医師は、患者と向き合う際、「聴くこと」に細心の注意を払う。というのも、患者は「モルヒネを使ったから早く亡くなった」「抗がん剤は使わないほうがよかった」など、治療法や最期の看取りについて、強い後悔や自責の念を抱える人が多いためだ。こうした患者の声に耳を傾け、その時の状態で“ベストの選択”をし、問題はなかったと明確に伝え、「誤解」を修正していくのだ。

「悲しみはなくなりません。ただ、人は成長します。自らの心の内を吐露し問題を整理する間に、心が成長し絶望的な気持ちが少しずつ和らぎ、愛する人のいない生活に適応できるようになります」(大西医師)

 一方で、症状が重いケースも少なくない。同センター精神腫瘍科講師で臨床心理士の石田真弓さんによれば、診察した4割近くは「うつ」と診断。その場合は薬物治療となるという。冒頭で紹介した女性もうつ病だったが、薬物で治療し、今は定期的に通院し快方に向かっているという。

 悲しむ遺族にとって心強い体制だが、実はこうした精神医学的見地で診察する医療機関はまだ少ない。背景にはこんな考えがある。神戸赤十字病院心療内科部長、村上典子医師は言う。

「家族を亡くして悲しいのは当たり前と思われているからです。治療に行っても、『悲しいのは自然のことです。あなたは病気ではありません』といって帰されることもあります」

 同科は「遺族外来」とは名乗っていないものの、遺族を特に意識した治療をする「遺族ケア」を行う数少ない医療機関の一つ(現在、初診受け入れを中断)。多数の死者が出た事故を機に始めた試みで、村上医師は「ある程度の年齢になれば、誰でも家族を亡くします。ただ遺族の中には、激しい悲しみが長期間続く『複雑性悲嘆』で苦しむ人も少なくない。そうした気持ちを受けとめる医療機関を増やす必要があります」と訴える。

 核家族化が進み、地域の絆も薄れた今、孤立する遺族を支える医療の役割が問われている。(編集部・野村昌二)

AERA 2017年7月10日号

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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