という。どの演奏会もバラエティーに富んだ選曲が魅力だ。ベレゾフスキーとは以前も共演歴があるが、久しぶりに同じステージに上がると、その間にお互いが歩んできた人生の深みを感じることも多い。
「舞台では瞬間的にいろいろなことが起きますが、乗り越え方を見れば、『いろいろな修羅場をくぐってきたんだな』と互いにわかってしまう。音楽とは人生とともに熟していくものだと感じています」
●少しずつ階段を上って
チャイコフスキー国際コンクールで優勝した時は天才少女と騒がれたが、「ここに身を置いていたら自分がダメになる」と感じてアメリカへ留学し、音楽以外にコロンビア大学で政治思想史を学ぶ道を選んだ。その後も自分に必要なことを見極め、ベルリンで学び、パリへと本拠地を移してきた。組織に所属せずに自分で活動方針を決めるソリストが、気力を保ち、第一人者としての地位を維持するのは大変なことだが、
「少しずつ階段を上ってドアを開けると、そこに別の風景が広がっていた──それを続けてきた結果として、私の『現在』があると思います。音楽祭で素晴らしい共演者と演奏し、若い音楽家の指導にも打ち込むことで、新たな気力が湧いてきますね」
スラットキンのようなベテラン音楽家とは、かつてならできなかったような「深い大人の話」もするという。音楽家としても、一人の女性としても充実期を迎えた諏訪内の音楽に、じっくりと耳を傾けたい。
(ライター・千葉望)
※AERA 2017年7月3日号