事故から6年。津波で全電源を失う可能性が高いと自らの調査で知りながら対策は先延ばし。一体誰が命じたのか。ようやく刑事訴訟の裁判が始まる。
「今なお様々な困難を抱える告訴人や多くの人、公判開始を見ることなく亡くなった方も大勢います。これほど甚大な被害を引き起こしたこの事故の責任を、公正な裁判により明確にしてほしいと、心から願います」
東京電力の勝俣恒久元会長、原発担当だった武藤栄、武黒一郎の両元副社長の3人に、福島第一原発事故を引き起こした刑事責任はあるのか。それを問う裁判の初公判が6月30日、東京地裁で行われる。冒頭はこの裁判が決まった際に福島原発告訴団の武藤類子団長が話した言葉だ。この3人、一体どう出るか。
裁判のポイントは二つある。一つは2008年、東電社内で津波対策を「先延ばし」したのは誰だったのか。もう一つは事故に関して検察だけが持つ膨大な資料が公開されることだ。
●1m超で全電源を喪失
「首都直下地震の確率は今後30年以内に70%程度」
こんな数字を聞いたことがある人は多いだろう。政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が、地震学者らの研究結果をとりまとめて公表する長期評価と呼ばれる予測である。
実は福島第一の周辺地域について、地震本部は02年に長期評価を出している。1896年の三陸沖地震(死者約2万2千人)と同じような、高い津波をもたらす「津波地震」が福島県沖でも起きうると予測したのだ。日本海溝沿いで発生する確率は「30年以内に20%程度」。長期評価の中で高めに出ていた。
この予測に対し、東電幹部が何をやったのか、あるいはしなかったのか。それが裁判の一つの焦点になる。
東電側の対応は3人の強制起訴を決めた東京第五検察審査会の議決などで明らかになっている。それによると、大きく動いたのは08年。同年3月に東電の津波予測担当者らが、津波地震が福島沖で発生すると福島第一では津波の高さが15.7メートルになると計算。敷地は高さ10メートルなので軽々と越える規模だ。さらに06年の段階で、敷地より1メートル高い津波によって全電源喪失に至ることも実地検証で分かっていたという。