

タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
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ある日、当時小学4年だった次男が学校からヤドカリを連れて帰ってきました。バザーで売っていたというのです。とんがりコーンぐらいの小さな貝殻から、斜めに揃えた足が6本ほど覗いています。「お着替え用の殻もくれたよ」。見れば、地元の子どもサッカークラブの広告入りの紫色の陶製シェルが、カゴの中にコロンと置いてあります。「体が育ったら自分で着替えるんだって」。着替えを置いておかないと、裸でさまよって果ててしまうこともあると聞き、急いで育て方を調べました。ええと、寿命は30年。30年?!
とりあえずペットショップに行けばヤドカリ飼育グッズが手に入るというので近所の店に行ってみてびっくり。入るなり大きなケースにうじゃうじゃいるではありませんか。どうやらオーストラリアでは、ヤドカリは日本でいう金魚とかカブトムシのような存在のようです。もう1匹購入。
用意するのはプラスチックの水槽、砂、バスタブ、隠れ家と、お着替え用の殻、餌皿。水槽に砂を敷き、数日に一度バスタブの塩水を替えてやり、スペアの殻をさりげなく転がして、ヤドカリ(ちなみに英語ではハーミットクラブ、隠者蟹というなかなか素敵な名前)専用の餌フレークを皿に出しておきます。基本は砂に潜っていますが、時折カサカサと歩いて、バスタブに浸かったりして可愛い。しかし近接してじっと見ると、いかにもメカメカしい甲殻類の風貌で、あまり親近感は湧きません。殻の脱げたところを検索してみたら、ちょっとしたホラーでした。
日に一度霧吹きをして世話をしていたのですが、たまに床を散歩させていたのがいけなかったのか、2匹ともひと月ほどで絶命しました。老後を共に過ごすつもりが、あまりにも早すぎるお別れです。
小さくても、一度は家族になった命。サム&エルシーと名前もつけたのに。庭に埋葬し、しばし一家で切ない思いをしたのでした。
※AERA 2017年6月19日号