97年、ヴォーカルToshIの洗脳事件。解散の決断。紅白歌合戦でのラストライヴ。5カ月後の98年5月、ギタリストHIDEの突然の訃報──。

 十数カ月の間に立て続けに起こった悪夢のあと、バンドは表舞台から姿を消した。

 X JAPANのドキュメンタリーを作るという話は何度も出ていたけれど、できなかったんです。解散ライヴのあとのHIDEの死が衝撃すぎて、自分の中で開けちゃいけないものみたいになってしまった。ライヴ映像を見ても涙が出てしまうので触れられなかった。

●夢じゃなく現実だった

 絶頂期のライヴ映像やレアなシーンをつなぐのは、監督によるYOSHIKIへのインタビューだ。まるでセラピーのような体験だったという。

 実は、HIDEの死のあともアメリカで精神分析医のところに通ったんです。洗いざらいしゃべって、泣いて。でも1時間や2時間のセッションで「わかる、わかる」なんて言われても、「そんなわけないだろ」って。行くたびに、怒って帰ってきちゃってました。

 でも今回は監督が、X JAPANについて事前に調べてくれて。ピアニストなのになぜドラムも叩いてるの?というところから始まるんですが、そういうことも知っていてくれたんです。それで心を開こうという気持ちになったんじゃないかと思います。

 完成した映画を見て、まず思ったのは「あれは夢じゃなくてみんな現実だったんだ」。封印していた現実に映像で真正面から向き合うことで、前に進もうという気持ちが生まれた。

 映画を見てると、僕は運がいいんだか、悪いんだかよくわかんないですよね(笑)。この間ToshIとも「あのままやってたらどうなってたかな」って話してたんです。10年間の空白があったから、バンドができるありがたみもわかったし、世界に出ていくタイミングも整ったんだなって。

(構成/ライター・鈴木あかね)

AERA 2017年3月13日号より抜粋