●同僚はみな20代前半

 履歴書を書いたのは、その時が初めて。職歴には広島東洋カープの文字。しかし、ケーキ作りに元プロ野球選手という肩書は一切通じなかった。

 32歳の元プロ野球選手が選んだアルバイト先はタルトで有名な「キルフェボン」。いま思えば、カフェのオーナーになるうえで一番つらかったのは、その時期だったと振り返る。

「同僚はみな20代前半の女子ばかり。それがうれしいと言う人もいるかもしれませんが、クリームの混ぜ方ひとつ知らなかったわけですから、そんな彼女たちに毎日ネチネチ怒られるわけですよ。野球界では、入団年ではなく年齢の上下で先輩か後輩かが決まりますし、さすがに抵抗がありました(笑)」

 しかし、そこで投げ出してしまえば、どこに行っても同じ。自分の店を持ちたいと考え始めたこともあって、早く仕事を覚えることに集中したという。

「キルフェボン」で5年弱、その後もイタリアンレストランやカフェなどでアルバイトを掛け持ちしながら約10年の下積みを経て、11年4月にチーズケーキが売りの店を開いた。

 オープンから約5年半。場所がら元プロ野球選手の店ということで訪れる人はほとんどいないという。ただ、だからこそやりがいもある。

「自分は、プロでたいした結果も残してないし、この場所で元プロ野球選手だったと言ってもね(笑)。野球の打者なら3割打てば一流ですが、ケーキで残りの7割がダメじゃお客さんは離れてしまう。来てくれたすべてのお客さんにおいしいと言ってもらえるように完璧を目指したいんです」

 元プロ野球選手のなかには、一般社会に出てもプライドが邪魔してか苦労している人も少なくない。小林さんは何がよかったのか。

「人生にはどこかで踏ん切りをつけないといけないときもある。大事なのは、そこでいかに踏ん切れるか。僕は引退してから一度も野球をやっていません」

●「ちゃんこしかない」

 元力士の引退後の職業として有名なのが「ちゃんこ鍋店」の経営である。そんななか、日本相撲協会公認の漫画家としてスポーツ紙や相撲雑誌に多くの連載を持っているのが琴剣淳弥さん(56)である。

 福岡県出身の琴剣さんは少年時代から手塚治虫の「鉄腕アトム」などにのめり込む根っからの漫画好きだったが、体が大きかったこともあり15歳で佐渡ケ嶽部屋に入門。76年春場所で初土俵を踏むと約10年現役として相撲を取ってきた。しかし、力士としては幕内昇格を果たせず「三段目」が限界だった。

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