●技術の課題次々クリア
iPS細胞は、こうしたES細胞やクローンES細胞の問題を克服することが可能だ。理論的には、患者自身の体細胞からiPS細胞をつくれば、拒絶反応を回避できる。また、生殖に関係しない体細胞からつくることができるため、胚や卵子を必要としない。iPS細胞は、そのような長所を掲げて登場し、日本だけではなく世界から広く受け入れられた。
iPS細胞は、ES細胞で特徴的に働いていた四つの遺伝子を体細胞に導入してつくられた。
ただ当初は、いくつかの技術的な問題が指摘されていた。たとえば、遺伝子の導入にウイルスを使っていたため、導入した遺伝子が染色体DNAのどこに入り込むかわからず、重要な遺伝子を壊す可能性などがあった。
しかし現在では、そうしたリスクを低くする方法も開発されている。たとえばCiRAではウイルスではなく、「プラスミド(核の外で働く環状のDNA)」に導入遺伝子を組み込んで使う方法が開発された。
「プラスミドのいいところは、iPS細胞が分裂するあいだに消えてしまうことです。そのため導入した遺伝子は最終的には残っていません」と、CiRA国際広報室の和田濵裕之特定研究員は説明する。
CiRAはiPS細胞を、臨床研究を予定している外部の研究機関に、後述する「iPS細胞ストック」から提供しているが、それらはこの方法でつくられたもので、プラスミドが残っていないかチェックしてから出荷される。
「プラスミドでも、導入遺伝子が染色体DNAに入ることがないとは言い切れません。ただウイルスに比べたらその確率は低い。患者さんに移植する目的でつくったものには、DNAのチェックもあわせてしています」(和田濵氏)
●実用化へと進展続く
また、当初は導入する遺伝子のうち一つはがん発生に関係するもので、この方法でつくったiPS細胞をもとに生まれたマウスでは腫瘍(しゅよう)が見られた。しかし10年には、その遺伝子を使わない方法をCiRAが開発。さらに、体への負担をより減らすため、皮膚ではなく血液細胞からつくる方法も開発された。
拒絶反応を回避できる再生医療の実現を目指した「iPS細胞ストック」の運用も始まっている。iPS細胞を患者一人ひとりからつくると、膨大な費用と時間がかかる。そのため、幅広い人たちから細胞を集め、あらかじめさまざまな遺伝子型のiPS細胞をつくってストックしておくことで費用や時間を節約するという考え方だ。
CiRAは、日本骨髄バンクや日本赤十字社と連携。ドナー登録者や血小板成分献血をした人たちの中から適合する人を探し、協力を呼びかけている。応じてくれた人に京都大学病院などに来てもらって採血してiPS細胞をつくり、CiRAで凍結保存する。
そして14年に、「加齢黄斑変性」という目の難病を対象に、世界で初めてiPS細胞を使った治療法の臨床研究が、神戸市の理化学研究所の研究拠点で開始された。1例目では、患者自身の体細胞からiPS細胞をつくり、さらにそのiPS細胞から網膜の色素上皮細胞のシートをつくって患者に移植した。この患者に重大な問題は起きていないと伝えられている。
2例目では「ストック」による他者由来のiPS細胞を使うことが計画されている。患者由来のiPS細胞を使った臨床計画も並行して研究される。
そのほか、神経難病のパーキンソン病や事故などで生じる脊椎損傷を対象にiPS細胞を使う臨床研究が検討されている。
しかし、iPS細胞の応用方法は、このような「再生医療」にとどまらない。