日本発の「画期的」な「万能細胞」、iPS細胞が、今年で10歳を迎えた。技術的な課題を次々にクリアする一方で、倫理的な課題が新たに浮上している。
11月初め、東京で開かれた科学イベント「サイエンスアゴラ」。食やくらし、スポーツなど各分野を科学的な視点で見る展示が盛りだくさんの中に、京都大学iPS細胞研究所(CiRA(サイラ))がブースを出していた。
CiRAがそこで、来場者に意見を求めていたテーマがある。「みんなで考える、iPS細胞研究の倫理」だ。
2006年8月、京都大学の山中伸弥教授らが、マウスの皮膚細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作製したと発表すると、画期的な「万能細胞」だと一躍ニュースになった。さらに来年11月には、山中教授らと、米ウィスコンシン大学のジェームズ・トムソン教授らが、ヒトの皮膚細胞からiPS細胞をつくったと同時に報告してから10年を迎える。
節目の今年、新聞各紙はこの10年を振り返る記事を特集。たとえば今年5月12日の朝日新聞朝刊科学面に掲載された「iPS10年 成果とハードル」という記事では、「iPS細胞は(中略)倫理的な問題がなく、作りやすいことから、再生医療への利用が期待されてきた」と書かれている。
●弱点が残るES細胞
しかしCiRAは、倫理問題をみんなで考えよう、と言う。なぜなのか。
まずは、iPS細胞がどのような意味で「画期的」だったかを再確認してみよう。
体のあらゆる細胞になるという能力を秘めた「万能細胞(多能性幹細胞)」は、iPS細胞が初めてではない。1981年、受精卵の初期段階である胚盤胞(はいばんほう)から取り出して培養するES細胞(胚性幹細胞)がマウスでつくられた。98年には、前出のトムソン教授らがヒトのES細胞を開発し、iPS細胞が現れた今でも、再生医療などに役立つ細胞として大変期待されている。
しかし、ES細胞には弱点がある。一つは技術的な問題である。たとえES細胞から治療に使える細胞をつくることができたとしても、通常の受精胚を使うのであれば患者とは遺伝情報が違うので、拒絶反応が起きてしまう可能性がある。もう一つは倫理的な問題で、ES細胞をつくるためには人間に育つ可能性を持つ胚を壊さなくてはならないということである。
拒絶反応の問題を克服するために考え出されたのが、クローン技術との組み合わせだった。まず患者の体細胞を、核を取り除いた卵子に「核移植」する。そうしてできた「クローン胚」からES細胞、つまり「クローンES細胞」をつくる。そこからさらに移植用の細胞をつくれば、それは患者と同じ遺伝情報を持つので、理論的には拒絶反応を起こさない、という仮説である。しかし、この方法は大量の卵子を必要とし、卵子を提供する女性に精神的、肉体的負担をかけざるを得ない。
05年には、韓国で「黄禹錫(ファンウソク)事件」が発覚した。これは、世界で初めてヒトのクローン胚からクローンES細胞をつくることができたという報告が捏造(ねつぞう)だったという「研究不正事件」だ。と同時に、研究に使う卵子が売買されていた疑惑なども浮上。クローンES細胞に伴う倫理的な問題を浮き彫りにした事件でもあった。