●脳転移の防止にも効果
07年、まず発見したのが「ALK融合遺伝子」で、非小細胞肺がん患者の3~5%で見つかり、肺がん増殖にかかわることがわかった。米ファイザー社が持つALKを阻害する物質は、ALK陽性肺がん患者の飲み薬ザーコリとして開発され、標的発見からわずか4年後の11年に米国で承認された。
ALK阻害薬は直ちに「第2世代」を巡る開発競争に移った。目標は二つ。一つは、使い続けるうちに効きが悪くなる「耐性」が生じにくいこと。もう一つは、脳転移を防ぐため、薬が脳へ入っていくことだ。「二つがクリアできれば、他の治療法とあわせて根治を目指せる」(間野氏)。8社がしのぎを削り、日本では14年に中外製薬のアレセンサが、まず承認された。
このような分子標的薬は、すでに実用化されたものに加え、約200もの薬が承認を目指して治験段階にあるとされる。事前に遺伝子の有無を調べて効果のある人を見極めれば、重い副作用も免れられる。それでも、分子標的薬は万能ではない。使い続ければ薬剤耐性を獲得したがん細胞が現れる。
●人間の免疫力に着目
そんな中、注目を集めているのが、「免疫チェックポイント阻害薬」だ。病原体などの外敵から身を守るため、人間が生まれながらに持っている「免疫」の能力を高め、がんを治療する「がん免疫療法」で使われる。
免疫学者でノーベル賞を受賞したバーネットは1950年代末、ヒトの体内では毎日がん細胞が発生しているが、免疫細胞がパトロールしてがんの発症を防いでいると提唱した。この考えに刺激を受け、ワクチンやリンパ球移入療法など、様々ながん免疫療法の試みがなされたが、なかなか効果を出せなかった。日本では70年代後半以降、サルノコシカケ科のキノコや溶連菌から抽出された物質も免疫力を増強する抗がん剤として承認されたが、寛解には力不足で、90年代に入るころには「うさんくさい治療」というイメージさえつきまとうようになった。
光が差してきたのは、CTLA-4、PD-1というたんぱく質を制御すると、免疫細胞ががんへの攻撃を始め、治療が見込めるとの報告が出てきた95年以降。これらのたんぱく質は、「免疫チェックポイント分子」と呼ばれ、免疫細胞にブレーキをかけるため、そのブレーキを外せばいい、という考え方だ。
PD-1を発見して創薬につなげた本庶佑・京都大学名誉教授は、「免疫にはアクセルとブレーキがある。従来の免疫療法はアクセルをふかせばいいというもので、ブレーキを解除して免疫を再活性化する発想がなかった」と語る。