そうですね。でも、ほとんど良くなることのほうが多かったかな? 自分はこういうことを考えていたんだって、曲を聴いてびっくりしたり。一回、すごく驚いたことがあって。「2億4千万の瞳」も詞先で、僕としては人称代名詞を使わないという課題を自ら課して、三好達治になったつもりで書いたのですが、できあがったものを聴いてみたら、冒頭に“億千万! 億千万!”ってコーラスが入っているじゃないですか(笑)。でも、それがあったから、あの曲は大ヒットしたと思うんです。そうやって、自分でもわかっていなかった世界が、曲やアレンジ、そして歌い手の表現によって立ち現れるところが、この仕事の何よりの醍醐味かもしれないですよね。
見つめ合う視線のレイザー・ビームで
夜空に描く色とりどりの恋模様
この星の片隅2億の瞳が
素敵な事件を探してるのさ
郷ひろみ「2億4千万の瞳」
作詞:売野雅勇 作曲:井上大輔
──先ほど“エゴ”はいらないという話がありましたが、売野さんの歌詞が究極的に目指すところとは何でしょう?
目指しているものは、やっぱりエンターテインメント……つまり、聴いた人に楽しんでもらうとかハッピーになってもらうことですね。中谷美紀さんに書いた「天国より野蛮」という歌も、この世界は非常にタフでハードで、毎日嫌なことがある──つまり、天国よりも野蛮な世界だけど、それでも人生は生きる価値がある。それを言いたかった。“天国よりも野蛮なのに時々世界は美しくて”という一行にテーマが凝縮されているわけです。その美しさと出合うために、感じるために、生きる価値があるっていう。いつの時代も、誰かにそういうことを言ってあげるのが、歌の仕事かなと思っています。あ、これメッセージですね(笑)。
君を土足で辱しめる
悪夢から君を救いたい
天国よりも野蛮なのに
時々世界は美しくて
中谷美紀「天国より野蛮」
作詞:売野雅勇 作曲:坂本龍一
●共感より憧れを
──90年代半ばに“J‐POP”という言葉が生まれて以降、より共感やリアリティーの歌詞が求められるようになりました。その潮流について、売野さんはどのように感じていますか。
最初に生まれたのは“等身大”という言葉ですよね。その言葉が象徴するボキャブラリーというか、普段の生活で使われているような言葉で、普段考えているようなことを歌うわけです。ただそうすると、その世界の中で歌詞が縮小再生産されていくんですよね。もちろん、それはみんなにとってリアルなのかもしれないけど、体験していないことは書けない。何かそういう制度みたいなものができてしまったような気がします。
──売野さんの歌詞は“等身大”というよりも、どこかキラキラした“憧れ”をまとっているような……そして、その世界は色あせることがないですよね。
だと嬉しいですけどね(笑)。歌謡曲の歌詞を小説と比較するのが正しいかわからないけど、たとえば今、チャンドラーのハードボイルド小説を読んでも、全然古臭くない。むしろ、ロスっていいな、俺も探偵やりたいなって思うじゃないですか(笑)。それと同じようなものなんじゃないかな。
──今後、具体的に何か考えていることはありますか?
エンターテインメントのショーをやりたいですね。やっぱり、みんなに夢をみてもらう、みんなを魔法にかけることが大事であって……それがいつの時代も変わらない、ポップミュージックの役割だと思っているんですよね。
(ライター・麦倉正樹)
※AERA 2016年10月3日号