


ピカソもマティスもシャガールも、みんな20世紀を生きていた。東京都美術館で開催中の「ポンピドゥー・センター傑作展」では、巨匠たちの作品から時代の息遣いが伝わってくる。
2度の世界大戦など、激動の時代だった20世紀。今回の展覧会では、パリの「ポンピドゥー・センター」が所蔵する20世紀のアート71点を紹介している。
展示方法は斬新だ。1906年から77年まで、1年ごとに1作家の1作品を年表のように並べている。ラウル・デュフイから始まって年代順に足を進めていくと、「1935年」で出合うのが、ピカソの初来日作品「ミューズ」だ。
●私生活で悩むピカソ
室内にいる2人の女性のうち、奥で眠るのは愛人マリー・テレーズといわれている。彼女の妊娠がきっかけとなり、この作品の後に妻と別居。しばらく絵筆を握らなかった。ピカソにとっては私生活で苦しんだ時期に描かれ、パーソナルな印象を受ける作品だ。
「一方で、この2年後にスペイン内戦を主題にした大作『ゲルニカ』を描いています。そう考えると、一人の芸術家が生み出す表現の多様性にも思い至ります」
と、東京都美術館学芸員の水田有子さん。
「1940年」では、フランス人女性画家ローランサンの「イル・ド・フランス」と出合う。淡い色彩で描かれた少女たちが体を触れ合う幻想的な作品だ。いかにも「ローランサンっぽい」絵だが、水田さんはこの時代にも注目してほしいという。
「フランスがナチスドイツの占領下に入った年。3年前には退廃芸術のレッテルも貼られました。また、ピカソやジョルジュ・ブラックとの出会いで、革新的な表現も吸収していた。そういった中で、一貫して独自の作風を生み出していた彼女の精神性を実感していただけるのでは」
戦後まもない「1948年」では、鮮やかな色彩がパッと目に飛び込んできた。マティスの「大きな赤い室内」だ。戦禍をのがれてやってきた南仏ヴァンスの別荘の室内で描かれた。この作品の前では、じっくりと足を止めて眺めている人が多い。
マティスの部屋に実際に飾られていた自作の2枚の絵を平面的に描いたり、ペアとなるオブジェを対照的に配置したりと、画家が楽しんでいた様子が浮かぶ。「何げない絵のようでいて、絵画空間におけるマティスの探求心を感じ取れる」と水田さん。
●作家の言葉も味わえる
作品と一緒に紹介されている画家のポートレートや言葉も見どころだ。かっこつけたり、はにかんだりしている写真はほほえましい。知っていても、知らない画家でも、急に親近感がわくから不思議だ。
エピソードがおもしろいのは、配管工のフルリ=ジョゼフ・クレパン。「戦争を終わらせるために300枚の絵を描くようお告げがあった」と描き始めた、いわゆるアウトサイダーアートだ。ドイツ降伏の前日に、そのシリーズの最後の一枚を描き終えたという解説もつけられ、なじみのない画家でも楽しめる仕掛けになっている。
主催する朝日新聞社の文化事業部企画委員の帯金章郎氏は展覧会のポイントを「展示の妙」と言う。いつも「点」で見ている画家たちが、時代という「線」でつながるおもしろさを体感できるチャンスはそうそうない。(ライター・塩見圭)
※AERA 2016年9月19日号