T字路s 『これさえあれば』
T字路s 『これさえあれば』

 早いもので、気付けば7月。この時期になると、音楽ファンの多くが「FUJI ROCK FESTIVAL」、「SUMMER SONIC」、「RISING SUN ROCK FESTIVAL」、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」といった夏の野外音楽フェスティバルの話題で盛り上がりはじめる。お目当てのアーティストの出演状況をネタにした、「行く? 行かない?」の問答は、さしずめ7月初旬の風物詩といったところか。

 日本各地で様々な音楽フェスが催される中で、最も一般的に知られているものといえば、やはり1997年に初開催された日本の大型野外音楽フェスの先駆けでもある「FUJI ROCK FESTIVAL」(以下、フジロック)になるだろうか。国内外のビッグ・アーティストはもとより、世界中から様々なジャンルのアーティストたちが集まり、都合3日間、大小複数のステージで、しかも各ステージ同時進行というタイムテーブル形態をとりながらライヴ・パフォーマンスが行なわれる。こうした同時多発型パフォーマンスの展開は、今でこそ珍しくはないが、日本においては勿論このフジロックがその先駆となる。「みんなで創り上げる」ことがフェス一般の大前提としての理念だとすれば、観る側にも、「どのアーティストをどの時間にどこで見るか」というプランを事前に(あるいはその場で)決断して予定立てる必要があるという、ちょっとした能動的なアクションが求められることは、まぁ民主主義的にも至極当たり前のことなのかもしれない。

 そして、このスケジューリング術が“フジロック攻略”の何より重要なキーとなる、と思っているのはおそらくぼくだけじゃないだろう。お目当てのアーティストが同じ時間帯に何組もいる際、そのアビリティひとつにフェスの思い出が左右されるといっても過言ではない。特にフジロックの場合、主要ステージが6つ(グリーン・ステージ、ホワイト・ステージ、レッド・マーキー、フィールド・オブ・ヘブン、オレンジ・コート、ジプシー・アヴァロン)あり、そのほかにも、屋台ブースの苗場食堂やオレンジ・コート傍のカフェ・ド・パリのような小・中規模のアーティスト、DJ出演ステージが数多く設営されているということで、どれを捨て、どれを拾うか、というスマートな択一が迫られるのだ。そう、欲張りはもってのほか。

 さて、7月26日から3日間の日程で行なわれる今年のフジロック。ぼく自身、行くか行かないかはまだ決めていないものの、現時点で発表されているラインナップにはすでに気になる顔ぶれがいくつか。この連載向けのアーティストを挙げてみるならば、デビュー・アルバム『Mother's Food』をリリースしたばかりの“くいしんぼう”ラッパー「DJみそしるとMCごはん」(ユニットに見せかけて実は一人!)、レゲエ、ブルース、ファンクごった煮の自称“雑草ルーズ・グルーヴ”「光風&GREEN MASSIVE」、元Oi-SKALL MATES~DIESEL ANNのヴォーカル&ギター、伊東妙子と、レゲエ・バンド、COOL WISE MANのリーダー/ベーシスト、篠田智仁によるブルース・ユニット、「T字路s(てぃーじろず)」、ニューオリンズ・スタイルをベースにした「ブラック・ボトム・ブラスバンド」…ひとまずこのあたりを、真夏の大自然に溶け込みながら「観てみたいなぁ」と。

 中でも、T字路sは、28日最終日の「ジプシー・アヴァロン」ステージに登場ということで、こじんまりとしながらも一際独特の空気感と熱気をたずさえるこのエリアでのライヴはさぞかし格別だろうな。是非とも観てみたいもの。ちなみにジプシー・アヴァロンは、「NEW POWER GEAR Stage」ともいって、バイオディーゼル燃料や太陽光パネルなどでその電力をまかなうアヴァロン・フィールド内にあるステージ。アコースティック・ライヴやトーク・セッションが行なわれることが多い。2011年に斉藤和義と中村達也のユニット(MANNISH BOYS)が登場し、反原発ソングとして「ずっとウソだった」を歌ったことは多くのフジロッカー(フジロック常連者/リピーター)たちの間で語り継がれていることだろう。

 同じく2011年のフジロック、苗場食堂のステージに登場し、観る者の心をガッチリわし掴みにしたのが、このT字路sなのである。彼らのオフィシャル・ブログなどによると、この日のステージを観ていた外国人記者が次のようなレポートをフジロックのHPに書き残していったそうだ。「彼女の驚くべき声は生まれ持ったものなのか、それとも200ガロンのウイスキーと2000ケースのタバコをすったのか」。彼らの魅力、特に伊東妙子のこの世にふたつとない奇跡の歌声を簡潔にピシャリと言い当てたナイス・レポートだと、ぼくは思っている。

 元々は、2010年に篠田率いるCOOL WISE MANメンバーの結婚式の余興で結成された1回こっきりの即席ユニットだったらしいが、あれよあれよという間に、「現代No.1ブルース・デュオ」とまで呼ばれる存在となったT字路s。先月には、全国流通盤としては『マヅメドキ』に続いて2作目となる最新ミニ・アルバム『これさえあれば』をリリース。で、これがまたとてつもなく素晴らしい一枚なのだ。また、録音・ミキシングに、日本が世界に誇るダブ・エンジニア、内田直之を迎えているというのも見逃せないトピック。「この夜いつまで」で、その確かなる手腕をご確認あれ。

 一見して、というか表層的には、レゲエ、スカといったジャマイカン・ミュージックやパンクを介してコンビとなったふたり、という捉え方もできる。だが、彼らの楽曲を耳にすればそれこそ瞭然で、実はもっともっと奥深くにある心のヒダという部分での共鳴・共感こそが、このユニットの根幹になり、あまつさえ創造力の源泉になっているということを強く感じさせる。でなきゃ、こんなに心引き裂く日常的なエレジーを、こんなにも温もりたっぷりに吐き出すことはできないんじゃないだろうか。

 実際彼らの音楽には、伊東妙子が敬愛してやまない浅川マキ、あるいは三上寛や憂歌団の世界に共通するものがある。ただ琴線に触れるのではなく、心のヒダを容赦なくいじってくる言葉と音の乱麻。リアリティたっぷりの厭世感と妙な開き直り、はたまた浮かぶ瀬ありなんともいうべきわずかな期待感、それらの狭間をあてどなく彷徨う魂は、叫びという名の歌になって虚空に放たれる。人生や真理についてなどややこしくて語ることはできないけれど、誰だってイヤになるほど辛い現実とこうして向き合っているじゃないか。戦前ブルースの女王、ベッシー・スミスの歌唱でおなじみの「Send Me To The 'Lectric Chair」に日本語詞を付けた「電気椅子」は、味も素っ気もないカヴァーが多い近頃において、とてつもない強さ、説得力、そして、カヴァーではあるが圧倒的なオリジナリティを持って響いてくる、まさしく快演だ。

 それにしても、ドスの利きまくった、でもなぜかとっぷりとした愛の抱擁を感じさせてくれる伊東妙子の歌声、ホントに最高だ。言葉にならない。こりゃもう今年のフジロックは絶対行くしかない!…のであるが、それまでに大量の仕事を片付けないと会社に居場所がなくなる、というブルースとぼくはまず戯れないといけない。[次回7/17(水)更新予定]