ブチャの自宅の2階に立つイリーナ・ガブリリュークさん。残った家族を殺害したロシア軍は、ここを住居代わりに使っていた=2022年6月14日、国末憲人撮影
ブチャの自宅の2階に立つイリーナ・ガブリリュークさん。残った家族を殺害したロシア軍は、ここを住居代わりに使っていた=2022年6月14日、国末憲人撮影
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 記者はロシアのウクライナ侵攻直前に国境の村を取材した。この一年で何が起きたのか。現地から報告する。AERA2023年2月27日号の記事を紹介する。

【写真】ウクライナ軍の攻撃を受けて大破したロシア軍装甲車両

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 24日で1年を迎えるロシアのウクライナ侵攻は、あからさまな侵略戦争であること、またロシア軍による処刑や虐待などの戦争犯罪行為が相次いだことから、衝撃は世界に及んだ。一方で、その影響を何より深刻に受け止めたのは、言うまでもなく当のウクライナの市民だった。

 その両国の国境地帯を訪ねたのは、侵攻の2週間前、昨年2月10日のことである。ウクライナ北東部の主要都市ハルキウから北に車で1時間あまり、ロシア領内までわずか800メートルというストリレチャ村だった。約1600人の住民の多くは、村の修道院を改築して設けられた精神科病院の職員と患者たちだ。

 ちょうどその日、バイデン米大統領がウクライナからの米国人退避を呼びかけた。「侵攻は不可避」との雰囲気が世界に漂っていた。しかし、訪れた村に緊張感は乏しい。

「ロシアが攻めてくるわけないよ」

 村人らは口をそろえた。ソーセージやニシンを抱えて週1度の行商で村に来ていたセルゲイさん(51)は「戦争なんて起きないと保証しますよ。政治家が騒いで支持を集めようとしているだけ」と話した。

■裏切られた村人

 村人たちはロシア語を話し、親戚をロシアに持つ人も少なくない。以前はよく、国境を勝手に越えてロシア側の松林にキノコ狩りに行ったという。そもそも30年あまり前まで、そこは同じソ連の別の村に過ぎなかった。ロシアのプーチン政権に対する親近感は住民にほとんどない一方で、近い間柄にある両国の間で戦争が起きるとは、想像もしていないようだった。

 もっとも、ロシアとウクライナはすでに、2014年以降、東部のドンバス地方で恒常的な戦争状態にある。「だから、それがここで起きても不思議はないと思うのです」。そのような懸念を語ったのは、精神科病院の医師コンスタンチン・エルリフさん(35)だった。ハルキウ市内から毎日村に通う彼と一緒に、車でハルキウに戻る途中、彼は不安を隠さなかった。

 実際に侵攻が起きた当日の2月24日、ストリレチャ村は真っ先に攻撃の標的となった。以後、ウクライナ軍によって9月に解放されるまでの半年あまり、村は電気もガスも水道も断たれ、凍死や飢え死にが相次いだという。村人の予想は、完全に裏切られたのだった。

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