ただ、最後に訪ねた昨年末、2人には疲れがたまっているように見えた。オリガさんは亡くした息子について「冬になるといつも、勤め先から私が帰宅する前に、部屋を暖めておいてくれたんだけどね」と感傷的になった。これまで慌ただしさに抑えられてきた悲しみが、侵攻から1年近くを経て、こみ上げるようになったのだろう。
戦争の被害というと、戦闘に巻き込まれるケースを、多くの人がイメージする。実際、ミサイル攻撃や戦車の砲撃、銃撃戦によってけがをしたり亡くなったりする人は後を絶たない。ただ、今回の侵攻で目立つのは、戦闘状態ではなく、むしろ戦闘が止まり表面上平穏な状態に置かれたロシア軍の占領下で、多くの人が命を落としていることだ。
ストリレチャ村でも、ブチャでも、ロシア軍の占領は地獄を招いた。ガブリリュク家の西隣に暮らしていたいとこの家族ら4人と、2軒北に暮らしていた友人一家2人は、手足を切断され、火を付けられた遺体となって、町外れで見つかった。ロシア軍に処刑されたとみられる。ガブリリュク家のある一画では計11人が死亡したが、戦闘に巻き込まれた例は一つもない。すべて、占領下のある意味平和な時代に殺害されたのである。
こうした例はブチャに限らず、ウクライナ軍が奪還したロシア軍占領地の各地で報告され、ロシア軍の非人道性を示す例として、市民に広く認識されている。
それは、この戦争の今後も指し示している。通常の戦争で、「平和」とは戦闘がないことだ。双方が妥協して戦闘をやめれば曲がりなりにも平和が訪れる。今回はしかし、戦闘を止めても平和は訪れないだろう。戦いをやめた後にやってくるのはロシア軍の恐怖支配なのだ。
■長期化の可能性
つまり、ロシア軍が領土から出て行かない限り、ウクライナは戦いをやめられない。昨年11月のウクライナ国内世論調査によると、クリミア半島や東部ドンバスを含む全土解放まで戦うべきだとする意見が85%を占め、侵攻前の領土回復まで戦うべきだとする意見が9%だった。ロシア本土に攻め込むべきだとの意見も4%あり、停戦を求める声はほとんどなかった。停戦はすなわち、ロシアの暴力に屈することを意味するのだ。
ただ、ロシア軍が全面撤退を受け入れる気配も見当たらない。ウクライナ側は当面、欧米の武器供与を受けつつも、自らの力で押し返す以外に道がない。侵攻から1年を経て、戦争は長期化の可能性をはらみ始めている。(朝日新聞編集委員(ヨーロッパ駐在)・国末憲人)
※AERA 2023年2月27日号