パソコンにスマホ、そしてネットの普及した今、あえて筆を取り手紙を書くという人は少数派かもしれない。しかし手書きならではの効能を、経営者は実感している。
ダスキンの代理店や経営サポート業を営む「武蔵野」(東京都小金井市)の小山昇社長は、スマートフォンやタブレット端末が入ったバッグから、数十枚のはがきの束を取り出した。仕事の合間に文面を書き込むのが日課なのだという。住所と宛名は休日に書いてある。
アナログ信奉者というわけではない。ダスキンの代理店事業では、いち早くITを活用して業績を伸ばした。全従業員にiPadを支給して在庫を管理する。小山さんは電脳経営のカリスマ中小企業経営者としても知られる人物だ。
「部下との連絡に使っている日報と、このはがきだけは手書きだね。はがきは宛名も手書き。きれいに印刷した年賀状をもらっても、何が書いてあったか読んだ瞬間忘れてしまう。でも手書きは違うからね」
はがきは、社員やその家族だけでなく、取引先の社長にも送る。社員の叱咤激励に手書きのはがきを使うことも多い。
小山さんが本心をぶつける手書きはがきは、社内でも多くの“伝説”を残してきた。例えば、こんな物騒なはがきが社員の自宅に届くこともある。
「○○さんは、ものすごい能力に恵まれているのに、その能力を生かしていない。ここまで来ると犯罪だ、犯罪者だ!」
このはがきを本人より先に家族が目にしてしまい、その社員は幼い息子から「お父さんはタイホだ、タイホだ」とからかわれたという。
成績不振で降格されたある中堅社員の場合は、こうだ。
降格の辞令を受け取った日、減給も伴うので、家族にどう話そうかと重い気持ちで帰宅。自宅の扉を開けると、夫の帰宅を待っていた妻が言った。
「すぐに戻れるんでしょ。がんばれば」
小山さんの手書きのはがきが、絶妙なタイミングで自宅に届いていた。
「○○さんは降格になりましたが、すぐにA評価を取って、再び部長に戻ってもらいたい。家族も応援してあげてください」
ときに家内騒動を巻き起こすこともある小山さんの叱咤激励はがき。ただ、プライバシーだの、パワハラだのと四の五の言う社員はいない。
この降格された社員は、叱咤激励はがきをきっかけに肩の力がすっと抜けて、奮起。小山さんの思惑通り、家族の協力を得ながら、1年を待たずして部長に復帰した。
※AERA 2015年5月25日号より抜粋