和のたしなみといえば、香道、書道、茶道、華道、能楽。国際社会のなかで、アイデンティティーが問われる時代にこそ、身につけておきたい教養だ。今回はそのひとつ、香道の世界を覗いてみた。
香道は、世界でも類いまれな香りの文化として、和歌や「源氏物語」などの文学とも結びつきながら、独自の世界を作り上げてきた。
アロマや香水などとの違いは、香道では香木の香りを「嗅ぐ」とは言わず、「聞く」と言うことだろう。そもそも「聞」の文字は、聴覚のみに使われるものではなく、物の本質を探究するという意味がある。そこには、自らの内面に向き合い、香りに集中するという意志が感じられる。
香道の中でも、複数の香木を聞きくらべる典雅な遊びが「組香(くみこう)」だ。志野流香道の組香の稽古を見せてもらった。
組香では最初に「試香(こころみこう)」が数種類回され、そのあとに回ってくる「本香(ほんこう)」が何番目の試香と同じかを聞き分ける。自分の記憶力だけが頼りだ。
香を聞く部分だけ、記者も参加させてもらったが、試香の3種類はかろうじて聞き分けられた(気がする)ものの、本香に移ると混乱してしまう。どの香も良い香りだと思うが、集中力がとぎれ、記憶するところまでたどりつかないのだ。稽古後、志野流家元・蜂谷宗玄さんにお話を聞いた。
「組香は香りを当てることばかりに気持ちがいくと、単なるゲームになってしまいます。大事なのは香りを聞きながら自分の世界を作り出すこと。香りの力を借りて、自分と向き合えばいいのです」
何種類もの香を聞き分け、きちんと記憶していくためには、自分の内側に、静かな世界ができあがっていなければいけない。日常生活では、なかなかたどり着けない境地だが、海外からの注目は高まっている。
「最近では、欧米でも教場が定期的に開かれるようになりました。とくにフランスで評価が高いのは、香水文化が発達しているせいかもしれません」(蜂谷さん)
※AERA 2015年4月6日号より抜粋