
北陸新幹線開業を機に注目を集めている金沢。文化人も惹きつける、その奥深い魅力とは。
間口は狭いけれど、奥は深い。薄暗い廊下の先にはこけむした坪庭。漆塗りの階段を上ると、目の前に朱色の壁の客間が開けた。金沢の花街・ひがし茶屋街の一角に立つ宿 陽月。1820年ごろに建てられた。知る人ぞ知る宿だ。
外交ジャーナリストで作家でもある手嶋龍一さん(65)の小説『スギハラ・サバイバル』は、金沢が舞台の一つ。この陽月も登場する。手嶋さんは言う。
「金沢は、主人公の英国秘密情報部員スティーブンの持つ世界観のメタファーです」
スティーブンにとって「水が合う」街として描かれる金沢は、加賀百万石、前田家14代の城下町として栄えた小さな街だ。金沢城の周囲に繁華街や市場などがコンパクトに集まっている。そのぶん人間関係は濃密で、日常の何げない会話から相手を察するこまやかさ、常に周囲に目を配る意識などが醸成された。
「一種、閉ざされたコミュニティー。そういうところも英国人の感性と親和性が高いんです」と手嶋さん。そのコミュニティーの奥ノ院ともいえる、ひがし茶屋街を歩いた。木虫籠(きむすこ)と呼ばれる繊細な格子が整然と並ぶさまが美しい。
「金沢は時間がゆっくり流れとるさけぇ、東京の人はホッとしまさる(ホッとなさいます)」
茶屋 八の福(はのふく)の女将・福太郎さんは言う。聞けば、金沢弁には「敬語」があるという。
「『しまっし』は命令形。『酒を飲んまっし』は、なあなあの関係で使います。目上の方には『飲んまさんけ』と言うんです」と福太郎さん。
選ぶ言葉に相手との関係性が現れる。ひとりこの街を歩きながら人々の言葉に耳を澄ませば、この街の人のこまやかさを感じ取ることができるだろう。
※AERA 2015年3月30日号より抜粋