●ニーズを聞き出す力
日本には、脳挫傷や脳梗塞などで、頭部に穴を開ける手術が年間1万症例ある。手術後に穴を埋める時に、患者が違和感を覚えないよう、まず穴が開いた状態の頭蓋骨の模型をつくって、テストをする。
医療機関は手術室で患者の頭を開き、CTを撮影する。CTデータを受け取ったJMCは、それを3Dデータに置き換え、3Dプリンターに。焼き加工も含め、模型完成まで10時間もかからない。
一刻を争う医療の現場をサポートするため、どんな案件も36時間以内の完成を約束する体制をつくった。高度な技術以上に、取引先のニーズを聞き出し、それに合わせたスピーディーな生産体制をつくったことが信頼につながっているという。渡邊大知社長は言う。
「3Dプリンターを使った事業は、まだ新しく正解がない。モノづくりの知識が豊富な人より、プラモデル好きの方が活躍できるかも、というくらいです」
デジタル技術を教えるデジタルハリウッド大学の杉山知之学長は、10年後に必要なスキルについてこう断言する。
「英語とITは、特殊な専門スキルではなく、できて当然の基礎スキルになるでしょうね」
基礎スキルを身につけたうえで、ほかの専門分野や発想力との融合がカギだ。先駆者たちはすでにいる。
●複数の武器が必要
元ゲームプランナーの武田昌大さん(29)には、デジタル技術を使ってゲームやアニメを作るスキルがあった。24歳のとき、地元・秋田に貢献したいと思うようになったが、武器がITだけではできることにも限りがある。毎週末に帰省し、3カ月で100人の農家と会い、地元の強みである農業の勉強をした。現在は起業し、インターネットを使った農産物の直販事業を行う。
「新たなビジネスは、自分の強みと、世の中の課題をかけ合わせたところに生まれることがわかりました」(武田さん)
Web制作会社を経営する平田元吉さん(43)は、明治大学政治経済学部出身の文系。最初に勤めた商社でファッションを学び、のちにプログラミングで使われるC言語やデータベース構築を勉強した。ファッションとITという二つの専門が評価され、独立後はアパレルブランドのサイト構築依頼が相次いだ。
閉鎖的な日本のファッション界にあって、日本で初めてファッションショーのインターネット中継を行った。フィリピン・セブ島への語学留学で英語も身につけ、今年はパリコレの中継も担当した。
「文系脳と理系脳、どちらかだけではイノベーションは起こせない。複数の武器を持つことが必要です」(平田さん)
未来社会の研究をする米デューク大学のキャシー・デビッドソン教授は11年、米紙のインタビューでこう将来を予測した。
「11年秋に小学生になる子どもの65%は、今はない職業に就く」
現在では想像もできない分野で力を発揮するために、子どもたちは何を学ぶべきなのだろうか。理系学生の就職支援を行うドリームキャリアの渡辺道也さんは、こうアドバイスする。
「今後はますます一つの事業が、複数の専門を組み合わせて成り立つようになる。ビジネスの動きは速く、どんな分野が必要になるのかを予測するのも難しい。まずは自身の好きなことを専門にし、それを深めたうえで、適用先を見つけるのがいい」
電機工学専攻ならメーカー、土木専攻なら建設会社などと、かつてならあった優位性もなくなり、どの能力がどの分野で生きるかも流動化するだろう。
前出の杉山さんは、専門性の極め方の深さを求める。
「海外では、どの大学を卒業したかではなく、どこまで専門を深めたかで評価される。専門領域は、学部より修士、修士より博士まで深める方がいい」